ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
まあ、空気を読む能力の個人差はともかくとして、現代日本における「KY」の使い方・使われ方は、主に、「諦め」かもしれない。

・空気に合わないから、やめておこう
・空気を壊すから、よそう
・空気に配慮して、遠慮しよう

そういうところだろうか。

まあ、何でこんなことを言うかというと、私自身がそうだったからなんですけどね。



私自身を省みれば、場を壊さないように、やめて、よして、遠慮して、口をつぐんでましたな。何が正しいか、この目で見ていたとしても、じっと、口をつぐんでました。

(その責任を、場や空気に押し付けようとも思いませんけどね)

まあ、そうなるだけの経験を、この現代日本で生きているうちに、骨身に沁みこませてきた部分も、あるでしょう。あるいは、私自身の思い込みや、カテゴリの混同化(束という意味でのコンプレックス化みたいなもの)もあったでしょう。

そして、その空気ってやつは、確かに、外圧としても存在するでしょうしね。

・空気に合わないことはするな、
・空気を壊すようなことはよせ、
・空気に配慮しろ、

そういうのは(程度の差こそあれ)あって、確かに、それはそれで正当性を(ある程度)持っていたりする。もっともだ、という瞬間もある。

しかし、何でも力を持ちすぎるとよからぬことが生じてくるもんで、空気を読む能力は、場の均衡や平安を保つのに優れる半面、空気に認可されないことには何もできないという、けったいな事態も生んでしまう。

もっと進むと、空気に認められないものは排除される、そういうことだって、ないとはいえない。

そして、こういうことが常習化すれば、変化に対して臆病になるのも、ある意味では、仕方ないのかもしれない。



しかし、ある程度の正当性を持つといっても、インチキな時もあるもんで、

空気を読んで、人を小馬鹿にするとか、
空気を読んで、徹底的に非難するとか、
空気を読んで、排除しにかかるとか、
空気を読んで、よってたかって愚弄するとか、

そういう空気に支配され、呑み込まれちまうと、陰惨なことが起こっちまう。ある意味、人殺しが行われてしまう。(実際に、生命が失われないにしても、だ)

空気とか、「KY」ってやつは、そういう怖ろしい一面も、持っているわけだ。特に、空気が人間より上位にくると、ですね。



空気を読む能力、それに順応する能力は確かに必要で、何らかの集団や枠組みを、平穏に維持するために使われなきゃならないが、どうでもいいことに対して、空気を理由に使い、人間を笑いものにする人や空気を呼んでそれに参加する人がいるのも事実。

そういう事件が、確かに起こっている。

しかもその根底にあるのが、つまらぬ嫉妬心だったり、虚栄心だったり、単に気に喰わないだけだったり、極論すれば、影との対決を避ける、人間の醜さだったり、そういうものの具現化として空気が使われるなら、そんなもん、ぶち壊していいと思うね。

あるいは、理由なんて特になく、お手軽に人間を嘲笑するために空気が使われるのなら、そんな空気なんて吹き飛ばしてしまえ、と思う。

つまらん理由で、空気で(空気を理由に)人が殺されてたまるか。



私は最近、「最低限」というものの大事さを強く感じますが、最低限の礼儀なり配慮なりを持っていれば、空気を押し付けることもないでしょう。空気で人を愚弄することもなくなる。

(最低限のそれが、空気って部分もあるのだろうけども)

私が一番怒っているのは、空気を理由に、その「最低限」が破られること。失われてしまうことです。

空気を理由に、人を貶め、人間に対する最低限の配慮や礼儀が失われてしまう。それに呑み込まれた人は、いったい、どういう人間なんだろうと思ったりする。

人間に対する最低限の配慮や礼儀が失われてしまうなら、空気なんて使う必要がない。空気は、場の均衡を守ったり、人の心に配慮するためにあるもんだろう? 違うかな…

空気を守って――といっても、それは取って付けた理由かも知れんけどね――人を嘲笑していたら世話ねえや、チクショウメ。

配慮とは逆の方向に空気を使うなんて、どういうことだよ。ちゃんと使えよ。



私は、ひとりの日本人として、日本人の場の空気を読む能力や、場や空気を大切にする気質を尊重するし、好きだったりしますが、それを使って、人間が愚弄されるのは赦せない。また、やるせない。時には、ハラワタ煮えくり返る思いだったりする。

空気は空気で尊重するが、インチキな空気や、インチキな空気使いは、ぶち壊してやれと思う。

ましてや、「裸の王様」のあの少年気質を持つ、私のこと、いちいち指差して、説明してやろうかと、思わなくもない。

何でもそうだが、使い方を間違えるとろくなもんじゃねえや、チクショウメ。





だいぶヒートアップしてしまったので、前回の記事でも紹介した、茂木健一郎さんの記事の話に戻ると、個人差はあるものの、空気を読む能力は誰にだってあって(*1、ただ、空気を読んだあとに何をするか、何を成すか、それによって、結果も違ってくるということなんでしょう。

つまり、そこには少なからず、本人の選択があるということ。

日本特有の場の脅迫がないともいえませんが、それにしたって、本人が選択しているということ。

(諦めも含めて、ね)


まあ、今のままでも問題ない人は、それでいいとも思うんですが、「どうも、それをするしかねぇや」という業を持った人は、それをするしかないんでしょう。

(「それ」を探すのに、難儀する部分もありますけどね)

そして、今一度、「最低限」って話に戻るなら、最低限の礼儀みたいなものさえあれば、多様性を持った生き方が許容される社会、それが、成熟した社会だと思います。

いちいち個性を潰すでもなく、かといって、個性を理由に勝手気ままに振舞うでもなく、ある程度の最低限ってものが徹底され、「その先」を本人のパーソナリティーによって、生きられる世界、それが望ましいのだと思います。

そして、それを成す為に、内に、外に、壊さねばならないものが、あるんでしょう。

(まあ、急ぎすぎては、いかんけどね…)



空気は空気で大事だけれど、使い方を間違ってはいけない。

人間だから間違いはあるにしても、その間違いをよしとしてはいけない。

そう思うのです…





「空気」と「世間」 (講談社現代新書)
「空気」と「世間」 (講談社現代新書)





まあ、人間に関して言えば、空気に重きを置き過ぎたり、空気に支配されている人は、空気を打ち破ることも覚えねばならないし、空気を軽んじ過ぎる人は、空気を読むことを覚えねばならないし、何というか、ちょっと嫌なこと、ちょっと反対のことも、取り入れねばならないんでしょうね。

で、その土台になるのが、最低限の配慮だと思うんだけどなぁ。

そのために空気が使われたら、いいんだけどなぁ。

例外をも包含しながらさ。





(*1
前の記事でも書きましたが、場の空気を読むのが苦手な人だっているし、場の空気に敏感すぎて、感覚を自ら殺したり、封じたりしている人もいるでしょう。

そして、呑気に「KY」を連呼できる人というのは、ある意味、それだけ鈍感なのだとも、いえるんでしょう。

但し、この鈍感は、貶めるために言っているのではなくて、適度に鈍感なほうが、この世の中で行きやすい、という意味です。



参考:「内向と外向/心の地図(感じやすさと生き難さ)」




【追記】

『南へ!』(茂木健一郎 クオリア日記)

>その先に何があるのかは、
>決してわからない。

>人生において本質的なのは
>変化だけなのだと銘記せよ。




関連記事
[サイト内タグ]:  茂木健一郎    KY  空気



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Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
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黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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