ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
「その二」からの続き…)

人生の成功は、限定されたひとつのモデルしかない、ってことはないでしょう。

もちろん、誰かの好みによるものでもない。

実際、何が成功で、何が幸せかなんて、よう分かりませんよ。
(そんなもんは、あとで分かるもん、あとで感じるもんでしょう)



どこの誰が言い出したかよう分からん成功のモデルに頼らんでも(そんな実体のないもんにすがらんでも)、自分の才能や能力を活かした成功は、実はナンボでもあるんじゃないでしょうか。


職人さんになったり、
芸術家になったり、
料理人になったり、

何かのスポーツをしたり、
何かの趣味に生きたり、

いろんな意味で、スペシャリストやエキスパートになったり、

しかも、それは画に描いたような、あるいは、偉人伝みたいな、そんな高尚なもんじゃなくても、いいんじゃないの。(高尚は高尚で、もちろんいいんだけども…)


職業で、
趣味で、
家庭人として、

ひとりの人間として、

幸せになる道は、ナンボでもあると思います。


そりゃ、失敗や挫折もあります。当然、ある。何がいいか、簡単には分からなかったりしますから。

でも、同じように、世間がいいとしているモデルが、実際のところ、いいかどうかも、分からない。一般には無難とされる道が、本当に無難かどうかも、分からない。


こういうことを、大人が身をもって知ることこそ、実は、大切なんじゃないでしょうか。

いや、実際問題、知ってるんでしょう。知ってるのに、すがりついてしまうのかもしれません。

(人間の性(さが)として、ね)





競争だ格差だと言いながら、真の問題は、「大人の見る目」の問題かもしれません。

「ちゃんと見れる」「ちゃんと評価できる」、そんな目を持つことこそ、大切なのでは?

手近なワルモン(悪者)作っても、何も変わらんような気がします。

子供に限らず、人間には、得意なところ、伸ばせるところ、そんな大いなる可能性、評価できる点があるもんです。

(それが時代や環境にマッチしているかいないかで、生きやすさにも、生きにくさにも、なり得ますがね…)


出来ひんこともあれば、出来ることもあります。
苦手なこともあれば、得意なこともあります。

それに対し、大人の視野が狭けりゃ、評価もされへん。

限定された部分以外のいいところが、無視されちまう。

ため息だけの世界になってまう。

生きた心地せんでしょう。

アカンのかと思てしまう。

楽しないでしょうな。

やる気もおきまへんわ。

(相手は、関係ない人やなくて、関係ある人ですから)



魚を陸に上げたら、泳げへん。

鳥を狭いトコに閉じ込めたら、飛べへん。

陸地のもんを水中に沈めたら、息ができひんで死んでしまう。

それぞれ、活躍のし場所、息のできる場所、ってもんがあるようです。





社会や政府があたかも負け組みを作ったみたいに言う人がいますが、何てことはない、社会や政府を嫌いな人たちが、勝ち組や負け組みの定義を作り、つまり、勝ち組・負け組みに、親切にも分類してくれて、社会や政府への攻撃材料にしとる。

そんなことないですか?

そして、大人の見る目がないもんやから、限定された成功のモデルから外れた子供たちまで、負けたようににされてしまう。

何が成功か、何が幸せかも分からん、道の途中で、何らかの烙印を押されてしまう。

烙印を押しとんのは、社会でもない、政府でもない、目に見える範囲、言葉が聞こえる範囲の、身近な大人たちでしょう。

逆に言えば、社会が否定しても、目に見える範囲、言葉が聞こえる範囲の大人が支えられれば、こんな強いもんはない。

ごっつい、支え、安心になる。



厳しいことを言うと、要は、大人が、子供の生きる道に、よう付き合わん。

ええとこあっても、評価できひん。

伸ばすことも出来ひん。

つまるところ、生きられへん。



もちろん、親を責めたらええというもんでもないです。

「今まで」というものがある以上、親もそう育てられたし、どうしたらいいか分からんのでしょう。

そりゃ、気の毒です。

責められたもんじゃない。


でも、「今のまま」やったら、どうしようもないのも事実。

いい悪いの問題やなくて、どこかで誰かがやらにゃあ、しょうがない。

しかも、知らん誰かは、やってくれへん。

遠くの誰かは、やってくれへん。

身近なトコは、手の届くトコは、自分たちでやらにゃあ、しゃあない。



こんな悲しい現実があるんだから、社会や政府、制度を責めたくなる気持ちも分かるけど、それじゃあ、何も変わらへん。

悲しいかな、変わらへん。

大人がひとりずつ立ちあがらにゃあ、どうしようもないんやもん。



社会にもすがりたい、神様にもすがりたい、誰かに何とかして欲しい、魔法があったら使いたい、それが人情でしょう。

人情として、何も間違ってないと思います。むしろ、正常な人間です。人間らしい人間です。

しかし、身近な誰かが立ち上がらん限り、状況は変わらん。大人が引き受けなあ、なんともならん。

悲しいし、痛いし、泣きたいし、つらいし、でも、なんともならん。



せやから、大人が自分の人生を、精一杯生きにゃあ、しゃあないやないですか。

社会を変えんのは、子供を変えんのは、ひとり一人の、大人です。





誰だってちょっと落ちこぼれ スヌーピーたちに学ぶ知恵
誰だってちょっと落ちこぼれ スヌーピーたちに学ぶ知恵





「その四」に続く…)





【追記】

>要は、大人が、
>子供の生きる道に、よう付き合わん。

>ええとこあっても、評価できひん。
>伸ばすことも出来ひん。

>つまるところ、生きられへん。

そして、自分の生きる道に、よう付き合わん。

ええとこあっても、評価できひん。伸ばすことも出来ひん。

つまるところ、生きられへん。




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Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
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黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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