ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
加藤諦三 著「自分に気づく心理学」(PHP)より。



第3章 不安なのは 本当の自分が見えないからである

(P102)否定しても否定しても気になる一言



ひとりの人間でも、「考えること」と「感情」、「体に出る反応や症状」が同じだとは限りません。

P102では、アメリカのある家族が紹介されています。登場人物は、3名。母Aは、頭痛に苦しんでいる。Aの母である祖母Bは、躾を理由に、Aの娘である子Cを度々叩くのだという。

母Aは、祖母Bとの関係は良好だと信じて疑いません。また、子Cも、祖母Bが大好きだという。また、子Cが叩かれても、母Aは、祖母Bに対し、怒りなど感じないと言います。

しかし、祖母Bが旅行で家を離れた途端、ひどい頭痛は消えてしまいました。


母Aの自我は、祖母Bに対し、感謝しよう感謝しようと、努めていたようです。しかしながら、体に生じる反応は、重い頭痛だった。

後になって分かったのは、母Aが怒ることをタブーとしていたこと。自身の母である祖母Bを憎むことを、禁忌としていた。その無意識内の苦しみが、頭痛となって現れていたようです。

そしてやがて、自身の怒りを認識するにつれ、頭痛は治まっていったのでした。



道徳観や倫理観、また、それに伴う罪悪感が、人を苦しめるケースがあるようです。

これは、<例外>を無視するからだと思われる。

一般的には、家族を大切にしよう! 家族みんな仲良くしよう! ということになります。

これは間違っていない。けれど、例えば事件報道などに接すると、これはひどい! とか、なんてことだ! と思うこともあります。人との関係には、この両方があるんですね。あるのだけど、時々、片方が無視されてしまう。

基本的には、家族は仲良く暮らすのがいい。しかし、その一方で、誰かが気分よく暮らすために、他の誰かが犠牲になっていることもあります。つまり、仲のいい家族という偽りの看板を維持するために、中にいる人間が非常に苦しんでいる場合もあるということ。

そして、その苦しんでいる本人が、犠牲になっていることや自身の苦しみを、うまく認識できないケースがあるんですね。


ひと口に「怒る」といっても、いろいろです。事情を聞けば、「そりゃ、怒るよな~」とか「怒って当然」とか、そういうこともある。それを否定する人もたまにいますが、そういう人は、怒らないことが最上位に来てしまい、人間やその感情がそれより下になっています。大仰に言えば、人間を蔑ろにしている。

怒らないことを優先するあまり、人間や感情を犠牲にしていることに、無自覚になってしまっているのです。



(P105)にせの道徳や規範にしばられることはない


うつ病の記事で紹介しましたが、うつ病予防に効果的なひとつとして、「平等な関係」「お互い様の関係」があるようです(参照:「うつ病のメカニズム 扁桃体と平等/NHKスペシャル」「うつ病の原因と対処」)。ということは、うつ症状にある人は、何らかの不平等な関係の中にいるかもしれない、ということになる。

人は渦中にいる時、それに気づけないことがある。なので、本当に平等なのか? お互い様になっているのか? 時には見直した方がいいかもしれません。


家族なのだから思いやれと言われる。でも、家族なのだからと思いやられたことはあるだろうか?

家族なのだから助けろと要求される。けれど、家族なのだからと助けられたことはあるだろうか?

(家族の代わりに、会社だとか、何らかの集団だとか、いろいろと当てはめてもいいかもしれません)


一方的に要求されてばかりなのは、平等な関係とはいえません。もちろん、お互い様の関係でもない。これではストレスが蓄積するのも、無理はありません。

これらは、客観的に見れば誰でも分かりそうなもの。例えば、ドラマなら、関係性はちゃんと把握できます。けれど、現実には、それができないことは多々ある。

そして、そうなる理由の一つとして、道徳観がある場合があると。

道徳観は基本、健全な関係に適用されます。問題ない関係だからこそ、成り立つのです。けれどそれを忘れ、不健全な関係や不平等な関係、問題のある関係にまで、無理やり適用させてしまうことがあると。

そんな時は、人間やその感情の方が無理やり押し込められるので、どうしても傷んでしまうようです。


健康のために、できるだけ歩きましょう。これは正しい。けれど、膝や腰にひどい痛みがある人には、そんなことは言いません。まずは治して、それからということになります。

昼間ウトウトしてたら、怒られるかもしれない。でも、熱があるとか、何日も寝てないと知れば、早く帰って寝るようにと、言われるでしょう。

健康な人と病気の人、元気な人と疲れ切っている人とでは、かける言葉も違ってきます。なのに時々、こういうことが忘れられてしまうのです。

事情を知らないから。


使い方を間違えた道徳観は、人を傷つけます。本来は人間を守るためにあるはずなのに、人間を傷つけることに使われてしまう。

道徳観や規範を押し付けられそうになった時は、そこに「平等な関係」や「お互い様の関係」があるか、チェックした方がいい。

一方的な要求がある時は、要注意です。道徳観や規範が、ズルい人たちの便利な道具に使われているかもしれません。





自分に気づく心理学




「だから自分はダメなんだ」と決めつけない ~こころ楽になる気持ちの扱い方~






別に、道徳観や規範が悪いわけでも、間違っているわけでもありません。むしろ、正しい。

けれど、どんなに正しいことも、使い方を間違えると、たいへんなことになるのです。

薬だって、用法や用量を間違えればたいへんなことになるのと、一緒。

その辺を勘違いなされないように。





<<「第25回 自分を愛せない人」「第27回 予定通りにならないとイライラするわけ」>>




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黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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