ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
加藤諦三 著「自分に気づく心理学」(PHP)より。



第3章 不安なのは 本当の自分が見えないからである

(P80)心にもないお世辞を言ってしまう人には注意する



何かにつけ誇示しないと気がすまないタイプがあるという。こんなに強いんですよ、こんなにすごいんですよと、アピールしたがります。

これは安心したくて焦っているからだと、加藤諦三さんは説明してくれている。


(1) 自分が弱いと、相手に思われたくない。

普通、何もない時は、文字通り、何も感じない。何か思われてるなんて、感じません。

しかし、中には、何もないと、「自分が何だか弱く思われている」と感じる人がいるのだという。それは嫌なので、相手に対し、「こんなに強いんですよ」とアピールします。

相手や第三者からすれば、「何でそんなこと言うんだろう?」と思うわけですが、このタイプは言わずにはおれないようです。


(2) 自分が劣っていると、相手に思われたくない。

これも、同じです。

特に何か言われたわけでもないのに、自分はこんなに すごいんだとアピールしたくなってしまう。

その奥には、何だか知らないけど劣等感のようなものを感じてしまうといった、無意識的な動きがあるようです。


このような時、どうしてもコミュニケーションが防衛的になってしまいます。

相手に強いんだと証明する、相手に劣ってないんだと証明する。それは、不安や怖れを払拭するため。

相手は何とも思ってないんだけど、身構えてしまいます。

そして時には、攻撃的になってしまう。

さらには、訳もなく攻撃的になるので、コミュニケーションがうまくいかなくなる場合も。


これらの例はどちらも、自分の(奥の方にある)気持ちを、相手に投影しているのかもしれません。

何かしらの不安や怖れなどを、相手に映し出して、見ている。





人間は基本、好きな人とは付き合うし、嫌いな人とは付き合いません。

もちろん、仕事や学校といった付き合いもあるので、すべてがそうだとは言いません。嫌々ながら、我慢して付き合う場合もあるでしょう。

それはそれで構わないのですが、人間関係の全般において、この前提が分からなくなる場合があるというのです。本当は好きじゃないんだけども、無理やり親しくしようとする。相手を心の底では嫌っているのですが、何とか好かれようと努力してしまう。

「誰とでも親しくするべきだ」
「人を嫌うものではない」


こんなことを言う超自我を持っている人は、どうしてもそうなってしまうのかもしれません。

ただ、心の底では嫌っているので、頭(で思っていること)と心(で感じていること)で、ギャップが生じてしまいます。


このギャップを感じ取るひとつの傾向として、加藤さんは「心にもないお世辞を言うこと」を挙げている。

本当は好きではない。でも、好きでないといけない。その手段として、お世辞が使われているというのです。ウソで相手を褒めてでも好きにならねばならないという動きが、そこにある。

そして、言う方も言われる方も、後味の悪さを感じてしまう。何だか、しっくりきません。

ただ、これも、仕事上の付き合いなどでは、問題ないのでしょう。むしろ、本音を言いすぎても困る。仕事上の距離と、プライベートの距離とでは、やはり違います。(もちろん、近い場合もありますが)

ということで、プライベートでも心ないお世辞を度々使ってしまう時、「あれ? ひょっとして、この人のことを好きではないのかな?」という疑問が。

あるいは、超自我に、「誰でも好きになれ」という付き合い方を、強いられているのかもしれません。


不安や焦りを感じる時、そこにはギャップがあるのかもしれない。

表面的な好意と、内面的な嫌悪。

表面的な強さの誇示と、内面的な弱さへの怖れ。


これらの傾向のあるなしには、基本的信頼みたいなものが関係しているのかもしれませんね。

何もない状態で安心していられるなら、こんなことにはならない。

もっと素直でいられそう。

そして、前回書いたことでいえば、干渉されない安心できる空間や時間があるか? も、関係しているのかもしれません。





自分に気づく心理学




「気持ちの整理」練習帖: 不思議なくらい心が軽くなる26のスイッチ (単行本)






ちょっと補足しておくと、お世辞をウソだと言ってしまっていいのかといえば、微妙なところがあります。

心の底では嫌っているという場合、それは無意識でのことなので、意識的には嫌ってないのです。

なので、自我や頭の部分では、好意を持っているのが本当。

ただ、心の奥の方では、それとは別の感情があったりする。

なので、お世辞を言ったからといって、それをウソだというのは、早計かもしれませんね。


人は時に、頭と心で、別の想いや感情を持つことがあるようです。





<<「第19回 不安と干渉」「第21回 自然な生き方ができない理由」>>




関連記事
[サイト内タグ]:  自分に気づく心理学



ブログランキング・にほんブログ村へ
BlogPeople「人間・哲学/人間考察」
blogram投票ボタン


ランキングに参加しています
よかったらクリックしてね


秋だから、実をためる


↑ページトップへ


■ 最近のエントリ

■ 人気ページランキング


↑ページトップへ




// HOME //
Powered By FC2ブログ.
copyright © 2005 枕石漱流 日記(ユング心理学の視点から) all rights reserved.
ブログパーツ アクセスランキング
■ Amazon
■ 注目記事
■ アーカイブ
■ カテゴリ

■ 月別アーカイブ

■ 検索ぷらす


【注意】 ENTERキーだとうまく表示されないようです。申し訳ございませんが、ボタンを押してください。

■ キーワードハイライト機能

検索時、検索語句がハイライトされます。

■ BlogPeople リンクリスト

リンク集と更新状況↓



☆登録する by BlogPeople☆

■ RSSリーダーに登録

 RSSリーダーで購読する

 メールで購読する


(リンク切れを修正しました)


■ 最近のトラックバック
■ スポンサードリンク

■  
■ スポンサードリンク



■ 最近の記事
■ カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

■ FC2カウンター



現在の閲覧者数:

■ プロフィール

南方 城太郎

Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


日記について


拍手する

プロフ
電脳露店マイアソシエイトストア
おバカ映画

■ リンク
■ RSSフィード
■ インフォメーション


検索サイトiscle
(検索サイトさんです)

■ QRコード

QRコード

携帯でも御覧になれます。

■ 地域情報



ジオターゲティング





■ にほんブログ村

■