ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
部活での体罰、柔道女子日本代表における暴力行為やパワハラ。体罰に関する問題が、連日報道されています。


朝、NHKの番組を起動しなくなったパソコンと格闘しつつ観ていたのですが、それによると、部活などでの体罰を肯定する人が、けっこういるとのことでした。(人数、割合については、忘れました。ごめんなさい)

それによると、体罰を肯定する人は、以下のような点から認めるらしい。

・精神的に強くなる。
(自分が精神的に強くなった)
・技術が向上する。
・結果が出る。



これらを見てて思ったのですが、これ、恐らく錯覚ですよ。





<結果が出る理由>


これは技術の向上とも関係しますけども、いろんな要素が噛み合って、結果が出るんでしょうね。


基礎が身につき、だんだんと洗練されてくる。

ふだんの頑張りが、実を結んでくる。

練習が効果的だから。

体力が向上してくるから。

戦術がハマるから。

設定した目標と、それに向かう道筋が大きく間違ってないから。

必要な努力をし、それが蓄積されるから。

あるいは、才能があって、それが磨かれるから。


もっと、いろいろあると思われますが、結局のところ、体罰は関係ありません。

これらの手段として体罰を使いたがる人がいるかもしれませんが、そんなことをしなくてもできることです。わざわざ体罰を使う必要なんかない。

結果が欲しいなら、それに結びつくことを、淡々とやればいいだけの話です。体罰にエネルギーを使うなんて、むしろ無駄でしょう。




<精神は鍛えられるか?>


精神は目に見えないので、難しいですよね。

まあ、だから、錯覚するんでしょうけど。


人間は生きていれば、ほどほど鍛えられるもんです。

さらに、ひとつのことに真剣に取り組むのだとしたら、なおさらでしょう。

スポーツで頑張る、真剣に取り組む、仲間や先輩後輩と鍛錬し、工夫もする。

そりゃ、精神は鍛えられまんがな。

そしてそれに、体罰なんか関係ないもの。


では、なぜ、錯覚したのか?

たまたまそこに、体罰があったからです。

本来は関係ないけど、そこにいつもあったので、錯覚しただけです。

(本当は頑張りが実を結んだのに、たまたまいつもチョコを食べていたため、チョコを食べたら勝てると信じた――それにも近しいです)


精神が鍛えられたのは、その人の頑張り、あるいは部員間の友情、指導者も含めた人たちとの切磋琢磨、それらの賜物なんじゃないですか。

それを無視されて体罰で鍛えられたとか言われたら、本人の頑張りに申し訳ないですよ。


指導者のおかげというのは、あると思いますよ。

でも、体罰のおかげというのは、違うと思います。




<悪く思いたくない>


これは、親子間の虐待に似ていると思われます。

子は暴力を振るわれても、親を悪く思いたくないのです。

そして同じように、生徒は指導者を、できれば悪く思いたくない。


指導者は、生徒を思い、体罰を振るう。

それが伝わるから、余計に、生徒は指導者を悪く思いたくなくなる。


でもね、指導者と体罰を一体化することないですよ。

指導者の生徒を思う気持ちや熱意は、認めたらいい。

そして、そこから体罰を切り離して、非難したらいい。

いっしょくたにするから、分かりにくいのです。


親子関係でいえば、親の全人格を憎むことはない。

ただ、ひどいことをされたら、それに対しては怒ればいい。

部分部分、場合場合で、対応も気持ちも、変わるのです。


体罰をふるったからといって、その人の全人格を否定することはない。

ただし、体罰に対しては、意見したらいいんです。



あと、日本だから、空気もありそうですね。

「それが当たり前だ」という空気。

伝統とか言われる場合もありますけど。

そして、「今までが壊される」ことに対する、ためらいや怖れ。

こういうのも、ありそう。


でも、まあ、これをいい機会として、修正した方がよさそうですね。

なぜかといえば、指導者を悪者にしたくないという理由で、知らず知らず、自分を悪者にしてしまうから。

「あの先生は、暴力をふるった」→「それは自分が悪かったからだ」みたいな。


人間だから、未熟な部分やよくない行いもあるだろうけど、何でもかんでも自分が悪いとする癖は、やめた方がいいです。

でないと、多くの、そして、本当はなくてもいい、そんな悲しみを生んでしまうから。




<礼儀と秩序>


これは、必要だと思われます。

これがないと、無法地帯になってしまいます。

そんなのは、ごめんだ。


でも、礼儀と秩序のために体罰や暴力が必要かというと、そうではありませんよね。

必要なのは、叱ること。あと、時には、罰することかな。


体罰とは、「肉体に直接苦痛を与える罰」。

で、これは、日本の教育では、法律によって禁じられている。

ということで、罰するのは、体罰ではない罰がよいようです。

つまり、叱ることや罰することから、暴力を切り離せばいい。


そのようなことを考えると、見えてきませんか?

体罰を使う人は、叱るのがヘタなのだと。

ね?



時に、体罰に愛を感じることがあるかもしれません。

例えば、厳罰に処される前に止めようと、体罰を使う場合もあるだろうし。

その気持ちは分からなくもないですが、方法としての体罰は、できるだけ避けた方がよさそうですね。

あと、そういうことは何度もないと思われるので、日常的な体罰とは、またちょっと違うかな。

「ここぞ!」の時だから。

後でも触れますが、「ここぞ!」と「日常的なもの」とは、分けた方がよさそう。



で、礼儀と秩序ですが、つい体罰を使ってしまったら、「叱り方がヘタだったな~」と思った方がいいかも。

他の叱り方を、考えてみる。




<虐待>


虐待についての定義を、考えたことがあります。

そこで、こう個人的に、定義付けました。

「虐待とは、保護下にある人や動物などに対し、長期間にわたって苦痛を与えること」

「自然治癒と虐待」参照)


で、上の話とつながるのですが、日常的に与え続ける体罰・暴力は、虐待だと言えると思っています。

[場所] 部活など、逃げにくい状況で。
[時間] 長期間にわたり。
[状態] 苦痛を与え続ける。


なので、日常的な体罰にさらされている人は、保護されるべきでしょう。





<結論>


いろいろと書いてきましたが、このように、本来、体罰は必要のないものだと思われます。

本当に必要なことは、他にあるのです。

それを錯覚して、体罰は必要であると思い込んでいるだけ。


だから、思い込みを修正した方がいいですね。

自分や子どもたち、つまりは、人間を守るために。





しつけと体罰―子どもの内なる力を育てる道すじ





<それでも体罰を肯定する人へ>


少し怖い話をします。


人は誰でも、欠点を持つものです。

それに、何かを見落とすことだってある。

どこか精神的に未熟だったりもするし、失敗もやらかします。

大人も、子どもも、そうでしょう?


なので、精神鍛錬だの礼儀だの、何らかの修正だのを理由に体罰を肯定する人は、「自分もそうされること」を覚悟した方がいい。


だいたい、みんなこれから、老いるでしょ。

そうなると、思ったように体は動かず、もの忘れはするようになるし、今まではなかった失敗もするようになるでしょう。

時代やルールが変われば、礼儀知らずなことも してしまうもんです。


で、どうです?

その時、体罰、受けちゃいます?

暴力、振るわれちゃいます?

どうしようもないやつだと、叩かれちゃいます?

体罰を肯定するとは、そういうことでしょ?



なぬ?

自分だけはイヤ?


ハハ、そういうの世間では、身勝手っていうらしいですよ。



なぬ?

年寄りは大切に?


ハハ、そういうことは、年相応の見識を持ってから言うもんじゃないですか?



ね?

体罰が肯定される世界って、怖そうでしょ?


どうなるのかというと、分からないと、シバかれるんですよ。

そんなの、ごめんだなあ。





「子どもが育つ魔法の言葉」




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Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
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黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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