ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
賢者:道理に通じた、賢い人。
   才知や徳のある、優れた人。

愚者:愚かな人。馬鹿者。


人間にはミスや失敗はつきもの。なので、それのみをとって、賢者と愚者に分けられないのだと考えています。仮に、「ミスなんて1つもしないんですよ~」なんて言われたら、半歩下がって苦笑いしてしまいそうです。

ミスの少ない人はいると思いますが、でも、そういう人は過去の失敗から学んだ人だろうし、ある分野でミスが少なくても、他のところでは抜けているのが人間だから、ミスしないというのは――基本的には――ないと思っています。

では、人間ならだれでもミスするという前提のもと、賢い人とそうでない人は、どのように分かれてしまうのでしょうか?


それは、「修正」や「修整」にあると思われます。

ちなみに、修正は不十分だったり不適当なものを正しく直すこと。修整は、よくない点などを整え直すこと。

失敗は誰でもする、その際に、「ああ間違ってた」と気づき、修正する。間違いを認識して、改める。「もう失敗しないようにしよう」と思うと共に、それを態度や行動として実際に示す。また、そうするための工夫をひねり出し、実行する。

こういうことなんでしょうねえ。


生活習慣病、人付き合い、子育て、政治に関することまで、すべてにおいてこのようなことが言えるのだと思います。スポーツだって、仕事のことだって、あるいはゲームについてだって、みんな同じです。(マズイ点があったら修正するという意味で)





生活習慣病は、よくない習慣を「ずっと続ける」ことに問題があります。たまにならそんなに悪くないのに、ずっとするから、体によからぬ影響が出てくる。そうすることで血管や臓器などが傷んだり、悪くすると寿命を縮めてしまいます。

なので、生活習慣を<修正>することが望まれるんですね。

若い頃のような生活をいつまでも続けていると、どこかで検査に引っかかったり、医師から注意を受けることもあるでしょう。そんな時も――大仰に言えば――境界のようなものがあるんでしょうね。

「ああ、このままではさすがに…」、そう思って、何を食べているか? 運動はしているか? 酒の量はどうか? いろいろ考え直します。

こういうのは早ければ早いほどよくて、兆(きざし)の頃に修正できれば、大きな問題にはならないようです。

でも、そこで修正せず、軽く考えてしまうと? 慌てはするものの、同じことを続けると?



人と人の布置についても、このようなことは言えるんでしょう。

人間関係では知らず知らずどこかに負担が集中することはあるもので、ただ、それが長期間に渡ると、さすがに問題になって来るんですね。

例えば、腕をちょっとつねるぐらいでは、何ともないかもしれません。でもそれが、毎日毎日、ずっとずっと、つねり続けたら、どうにかなりそうです。

つねるのはあくまで例ですが、どこかにそんな痛みがあり、それがずっと続いていたら? そういうことです。





人間だったら、間違いもする。あるいは、過去にはそんなに間違いではなかったものが、ある時点ではよからぬことになる場合だってあるようです。前によかったから今もよいかというと、それは確かめてみないと分からないのだから。


世の中は移り変わり、特に今の時代、前には無かった危機が次々と顕在化しています。こんな時に、前と同じことをしていたらどうなるだろう? このような時代に、我々は生きているのかもしれません。


もう、「つもり」は通じなくて、見積もりに間違いがあれば、それを正さないと、アブナイ。

特に、たくさんの人が乗る乗り物を運転する人は、それなりの資質と経験がある人でないと、ねえ。「できるつもり」「ちゃんとやれたつもり」、そういう人に任せていると、アブナイです。

特に、事故や事故まがいのことを起こしていたら、相当考えたり見直したりしないと、いつまでも繰り返される可能性があります。

また、見積もりが甘い人が理由も説明できないまま、「信じてください」と言っているとしたら、そういう前提を加味して、聞かないとアブナイ。

約束は守られただろうか? ちゃんと説明されただろうか? 言ったことは本当だったろうか? それらは全体のどのくらいの割合だったか?


アブナイと思ったら、修正しないと。

そこで、賢者と愚者に分かれるようです。

いつまでも間違えないように。

そのために、ようく観察するんです。

認知の歪みに気をつけながら。





失敗学のすすめ (講談社文庫)





故意か、故意でないかとか。悪気があったか、なかったかとか。そういうのはもう、関係ないですね。

ともかくもう、なおさないとヤバイ! そういうところなんでしょう。


気にしない人は、全然気にしないわけですが…。

ああ…。





【関連記事】
「認知の歪み 目次」

「約束と契約と詐欺と選挙」




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Author:南方 城太郎
生息地:関西
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生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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