ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
心を乱す、不安や感情。

これからどうなるのだろうという、未来への不安。
あの時のようになったらと思う、過去とつながった不安。

昔のことを思い出す、過去からの怒り。
これから起こるであろうことを想像する、未来への怒り。

人は落ち着くために、それらを抑え込もうとします。
あるいは、無いものとして無視しようとする。

でも、それは逆効果で、不安や怒りが余計に大きくなることも。



「あるがままに」という言葉があります。

それは、自然な状態のこと。

我々は自然な状態について、穏やかなことや落ち着いたものだと思う。

でも、そうでしょうか?

確かにそれは、自然の一部。でも、全部ではないですよね。

自然は荒れ狂うこともあるし、時には恐ろしいものです。

穏やかだったり落ち着いた様子も、自然の一部。でも、荒れ狂ったり怖ろしいのもまた、自然の一部。

ということは、不安も怒りも、自然な心の状態、あるがままの一部ということになります。



我々はそれを否定し、排除しようとします。

でも、そのおかげで余計に注目し、実際より大きくしてしまう。

あるいは背を向けることで、背後に溜め込み、大きなものとしてしまいます。


「あるがままに」を実践する人は、それらが無い人ではないようです。

人並みにある。しかも、無くそうともしない。

ただ、「ああ、あるな」と思う人だという。

そこにそれがある。ただ、それだけ。

善も悪もなく、ただ、それがある。



その反対はというと、執着すること。

ひとつのことに心を囚われて、そこから離れられません。

不安に悩むのは、そういう状態かも。


ある人は、そればかり考える。

またある人は、それを考えないようにとばかり、頑張る。

それは方向が逆であるものの、囚われているという点では、同じなのかもしれません。



自然とは、善も悪も、両方あること。

穏やかなのも、荒れ狂うのも、両方あること。

希望も不安も、自信も落ち込みも、喜びも悲しみも、笑いも怒りも、両方あること。

あっていけないものは、実はない。

(場合場合で隠すものはあっても、本質的に無くていいわけではないようです)


いろんなものがそこいらにあって、ああ、あるな、そう思う状態。

それが、あるがまま。





アスキーアート(AA)に、こんなものが。

お前がそう思うんならそうなんだろ

「お前がそう思うんならそうなんだろ、お前ん中ではな」


実はこういうことを、我々もやります。


実際以上に、悲しみを大きくしたり。

実際以上に、自分をダメだと思ったり。

実際はどうかわからないのに、相手が自分を嫌いだと思ったり。

実際以上に、未来は暗黒だと思ったり。


そんなことは、ありがちかも。

でもそれは、「お前がそう思うんならそうなんだろ、お前ん中ではな」なのかもしれません。



昨日の「ためしてガッテン」では、こんな方法が紹介されていました。

語尾に、「…と思った」をつける方法。



例えば、

「自分はダメ人間だ」→「自分はダメ人間だ…と思った」
「何をしても失敗する」→「何をしても失敗する…と思った」
「誰からも愛されない」→「誰からも愛されない…と思った」
「みんなバカにしてる」→「みんなバカにしてる…と思った」
「○○○○」→「○○○○…と思った」


「…と思った」をつけると、ちょっと離れた気がしませんか?



「何をしても失敗する」というのは、思い込みや考える癖。

その思考の癖を、矯正するんですね。

「…と思った」というのは、そういう考えであると客観視するということです。

つまり、思いと現実は必ずしも同じでないと。

そのギャップを認識する習慣をつけるということ。

思ったのであって、現実かどうかは分からないと。


上の「あるがままに」や「自然な状態」でいえば、誰でも、

ダメな時もあれば、ダメじゃない時もある。
失敗することもあれば、成功することもある。
愛されることもあれば、そうでないこともある。


そんな「どっちも」があると。

強度の不安や囚われの正体は、「まるでそれがすべてであるかのように思ってしまう」こと。そんな「心の癖」なのです。



同じくガッテンでは、「心の中に川を想像し、葉っぱを流す」そんな方法が紹介されていました。

心の中の川、そこに葉っぱを置く。

その葉っぱに、浮かんだ不安や感情を乗せ、流してしまう。

別のものが浮かんだら、また流す。

また浮かんだら、また乗せて、流す。

その繰り返しです。

そうしたらやがて、流すものは無くなってくるというわけ。




人は悲しむ癖がつくと、悲しむことに一生懸命になって、そこにエネルギーがとられてしまいます。

また、時には、悲しまないようにと頑張って、エネルギーを奪われてしまう。

そうではなくて、「ああ、悲しいな」、それを自然なひとつだと受け入れてこそ、自然な状態に至れると。





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心自体をどうにかする必要はないわけで、

ああ、悲しいなとか、

ああ、疲れたなとか、

ただ、そこにそれがあると…





 → 認知の歪み│心の癖
 → 考え方を変えれば気分は変わる




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[サイト内タグ]:  感情  不安



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生息地:関西
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黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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