ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
ミヒャエル・エンデ作

モモ
時間どろぼうと、ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語


そのレビューと感想



第9回「手にしたものと、なくしたもの」


(第6章「インチキで人をまるめこむ計算」より、その後編)


計算で まくしたてていた灰色の紳士ですが、フージー氏が圧倒されたとみるや、やさしい口調になりました。

そして、倹約(けんやく)をすすめた。

紳士は、また計算をはじめました。

もしも20年前に1日1時間の倹約をはじめていたなら、時間銀行には 20(年)×365(日)×1(時間)×60(分)×60(秒)で、26,280,000秒の時間があずけられていたはず。

1日2時間なら、倍になって、52,560,000秒。

灰色の紳士は言った。

「フージーさん、これほどの額とくらべれば、たかが二時間くらいがなんです?」


そして、フージー氏も、この言葉にのりました。

「まったく!」「お世話にならないくらいわずかなものだ!」


外交員は、さらに時間銀行のすばらしさを説明した。

時間貯蓄銀行は、時間をあずかるだけではなく、利子まで払う。

もし、フージー氏があずけた時間を5年間引き出さなかったら、銀行はおなじだけの額を、利子として支払うといいます。

時間は、5年ごとに2倍。つまり、10年たてば4倍に、15年たてば8倍にと、ふえる。

もし、20年前に1日にわずか2時間の倹約をはじめていたら、62歳の時には40年で、40(年)×365(日)×2(時間)×60(分)×60(秒)×2(5年ごとの利子)×2×2×2×2×2×2×2で、26,910,720,000秒の貯蓄になる。なんと、269億秒!

灰色の紳士は言いました。

これは、あなたがもともと もっていた生涯(しょうがい)の時間の、10倍以上。

それが、たった1日2時間の倹約でたまるんです。

「考えてもみてください、いい話じゃありませんか」


フージー氏はこの数字を見せられ、倹約しなかった自分はなんてバカだったんだと思いました。

そして、灰色の紳士の今からでも遅くはない、という言葉におされ、時間の倹約を決心した。

でも、やり方がわかりません。


灰色の紳士は、「よけいなことはすっかりやめちまうんですよ」と言いました。

仕事もひとりのお客に1時間もかけないで、15分ですます。

そのために、無駄な客とのおしゃべりは、やめる。

お母さんは安くていい養老院に入れる。

ボタンインコを飼うのも、やめる。

ダリア嬢への訪問も、回数をへらす。

寝る前に1日をふりかえるのも、やめる。

歌も、友だちづきあいも、全部やめる。

そして、店の中に大きな時計をかけて、使用人の仕事ぶりをよく監督する。


フージー氏は、ぜんぶやってみましょうと約束しました。

でも、気がかりなのは、倹約した時間をどうするか。

どうやって銀行にもっていけばいいのか。


灰色の紳士は、心配無用だと言いました。

倹約した時間は、1秒のまちがいもなく、銀行に入る。

契約書も、署名も、いらない。

同意のことばがあれば、それで契約成立。

もう、取り消せません。


紳士は、灰色の自動車にのりこみ、帰ってゆきました。

残ったのは、外交員がすっていた葉巻の青いけむりだけ。

そのけむりのせいか、フージー氏は気分がわるくなった。

でも、けむりがうすれはじめると、だんだんと気分はよくなってきました。

また、それと同時に、鏡に書かれていた数字が、ぼやけてきた。

そして完全に消えたころには、フージー氏の記憶の中から、灰色の訪問者の記憶も、すっかり消えてしまっていました。

でも、消えたのは灰色の紳士についての記憶だけ。

彼とのとりきめについては、覚えていました。

いまでは、自分ひとりで決めたかのように思っている。

時間を倹約するという決心は、しっかりと心にきざまれていました。


それからフージー氏は、時間の倹約をじっせんした。

客が来てもブスッとして口もきかず、働く。おかげで髪を切る時間は、1時間から20分に短縮されました。

こうなると仕事はちっとも楽しくありませんでしたが、そんなことはもう、どうでもいい。

フージー氏は助手をふやし、1秒たりともむだにしないようにと、しっかり監督しました。

そして店には、こんな紙がはり出された。

「時間を倹約すれば、二倍になってもどってくる!」


ダリア嬢には手紙を書いて、もう行けないと知らせました。

ボタンインコは売り払い、お母さんは養老院に入れ、月1回たずねることにしました。

そのほかぜんぶ、灰色の紳士の言ったようにした。

でも、今となっては灰色の紳士の記憶はありません。

なので、フージー氏は、ぜんぶ自分の考えだと思っています。


フージー氏はだんだんと、おこりっぽい、落ちつきのない人になってゆきました。

というのも、ひとつふにおちない点があったから。

せっかく倹約した時間なのですが、手もとにひとつも残らない。

魔法のように、あとかたもなく消えてしまうのです。

フージー氏の1日は、はじめはわからないほどに、でもしだいにはっきりと、短くなってゆきました。

なので、あっというまに1週間がたち、ひと月がたち、1年、また1年と、時が飛びさっていった。



フージー氏と同じことが、大都会のおおぜいの人に起こっていました。

時間倹約をはじめる人は、日ごとにふえていたのです。

そしてその数がふえるほどに、ほんとうはやりたくない人も、調子を合わせるようになっていった。


ラジオもテレビも、時間の節約をすすめました。

それを、バラ色の未来とした。

「時間節約こそ幸福への道!」

「時間節約をしてこそ未来がある!」

「きみの生活をゆたかにするために――時間を節約しよう!」


確かに、時間を貯蓄(ちょちく)する人たちは、いい服装をしていたし、お金もよけいにかせぎました。

でも彼らは、ふきげんな、くたびれた、おこりっぽい顔をしていた。目つきも、とげとげしい。

そして彼らには、モモのような存在がなかった。

話をきいてもらうだけで目が開き、心がなごみ、気持ちがはればれするような人は、彼らのところにはいませんでした。

でも、たとえいたとしても、彼らが行ったかどうか。

そんな時間を、彼らは、もったいないと思うにちがいない。

彼らは休暇(きゅうか)の時間さえ無駄をなくそうとし、できるだけたくさんの娯楽(ごらく)をつめこもうと、やっきになりました。

遊ぶには遊びますが、せわしなく遊ぶのです。


そんな彼らが耐えられなかったのが、しずけさ。

しずけさの中にいると、うすうす感じていることが分かってくる。

彼らだって、じぶんたちの生活がどうなってきているか、うすうす感づいているのです。

しずけさの中にいると不安になるので、彼らはわざとそうぞうしい音をたてました。

それも子どもが遊ぶような ほほえましい音ではなく、ふゆかいな騒音を。

そんな風なので、大都会は日ごとに、騒音だらけになった。


もう、彼らにとって、仕事のたのしさや仕事への愛情など、問題ではありません。

むしろ、時間節約のじゃまになった。

大都会の職場という職場には、次のようなはり紙がされました。

「時間は貴重(きちょう)だ――むだにするな!」

「時は金なり――節約せよ!」

こんな標語がいたるところにはられたので、人々はこの標語から、のがれられなくなった。


節約は、大都会の外観にも、えいきょうをあたえました。

ずっと安く、たてる時間も節約するために、どれもぜんぶおなじ家がたてられました。

広大な新住宅街(しんじゅうたくがい)には、見分けのつかない高層住宅(こうそうじゅうたく)がえんえんとならぶ。

その間をとおる道も、ぜんぶおなじに見えました。

何のむだもない、まるで直線のつらなる砂漠(さばく)です。



時間をケチケチすることで、ほんとうはぜんぜんべつのなにかをケチケチしているということには、だれひとり気がついていないようでした。じぶんたちの生活が日ごとにまずしくなり、日ごとに画一的(かくいつてき)になり、日ごとに冷たくなっていることを、だれひとり認めようとはしませんでした。

(P95)




それを感じはじめたのは、子どもたち。

というのも、子どもと遊んでくれる時間のあるおとなが、ひとりもいなくなったのです。


時間は、生活。

生活とは、人間の心にあるもの。

だから時間を節約すればするほど、生活はやせほそって、なくなってしまった…





モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語 (岩波少年少女の本 37)






<感想>


フージー氏をはじめとする人々は、灰色の男たちのすすめで、時間の倹約をはじめました。

この場合の時間とは、時間の量。

1日に何時間、何分、何秒、節約できるかというもの。

そのために、無駄だと指摘された時間――実際に無駄かどうかではなく、そう相手に言われた時間――を、徹底的に削りました。


でも、時間には量があるとともに、質がある。

時間の長さとは別の、「どんな時間か?」という側面があります。


例えば、時に無駄だとされる、おしゃべりの時間。

ノッている時には、すぐに時間がすぎたりしますよね。

計れる時間では、1時間かもしれない。でも、感じる時間は、もっと短かったりします。


おしゃべりは、その道のプロでもない限り、目に見える成果は生まないかもしれません。

でも、目に見えない何かを、実は生んでいるのかもしれない。

例えば、関係。

おしゃべりすることで、知らない内に、関係が構築されているのかもしれません。

また、感情が――これは知らない間に内側からあふれ、流れるものですが――おしゃべりによって、外に流されているのかもしれません。

そう考えると、目に見える成果を生み出さないおしゃべりを、無駄としてしまっていいのかとも思える。



時間を節約することで、手に入るものも、あるのかもしれません。

時には、必要でさえあるでしょう。

何かを得るために、必須の場合もある。

でも同時に、なくしたものも、あるのかもしれない。

以前はあったけど今はないものが、実はあるのかもしれません。


それを振り返るのが静かな時間なのですが、それを認めたくない人にとっては、静けさは苦痛。

なので、静けさから、何とか逃れようとするようです。


とと、その前に、訂正がひとつ。

せっかく倹約した時間ですが、人々は手にしてませんでした。

節約した時間は、どこかへ消えていたのです…





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 <<「(8) 時間貯蓄銀行と もったいない時間」
    「(10) 追われる大人と、追われる子ども」>>




関連記事
[サイト内タグ]:  ミヒャエル・エンデ「モモ」  時間



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Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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