ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
こんなことになったのは全部自分のせいだ、そう思ってしまう認知の歪み、それが自己関連付けです。

否定的な結果を、全部自分に関連付け、原因が自分だと思い込む。



まずは、悪い結果や よくない出来事、悲しい結末に、敏感になります。

そしてその原因や責任を、自分の中に見出してしまう。

他の人はそう思ってなくても、ですね。

明確であったり具体的であったりする根拠がないにもかかわらず、「全部、自分が悪い」と信じ込みます。

そういう考え方の経路が確立してしまっており、反射的に、そういう結論に至ってしまうのです。

誰かに「そんなことないよ」と言われても、自分を庇ってのことだと思ったりする。

自動に結論が出てしまうので、なかなか修正できません。


こうなると、心は「自分のせいでこうなった」という前提のもと、反応します。

実際は自分のせいではないとしても、ですね。

現実とは別に、心の中で信じ込んだことが、気持ちや感情に影響を与えるのです。


そうすると当然、落ち込んだり、自分を責めたり、そうやって苦しみます。

本当は関係なくても、信じた結果、苦しむ。



あと、「人は謝りやすいことで謝る」というのがあるので、余計にややこしい。

確かに、修正すべき態度や考え方がある。でも、それを認められない。こんな時、認めやすい代替の何かで、謝ることがあります。

修正すべき問題はとりあえずおいておいて、もっと取り組みやすい問題について、謝る。


こうなると、本当の問題は修正されないので、物事は好転しません。謝りはするけれど何も変わらないというのは、世の中では多いですね。

でも、別の見方では、練習をしているとも、受け取れます。

今はその問題に、触れられない。だから、触れやすいものから、触れる。そうやって慣れたり、精神的な体力をつけたり、あるいは、場や時が整うのを待って、それから本当の問題に触れると。

なので、一方では、ぐずぐずしていると感じたり、何も変わらないと感じるのですが、未来をも含めた広い視点で見ると、準備期間なのだという気もします。

つまり、即効性はないものの、未来に向かって進んでいるかもしれないというわけ。

この辺は目に見えないので、なかなか難しいですね。



何でも自分のせいにする自己関連付けですが、社会的な場合は、むしろ誰かのせいにします。

他の認知の歪みも働いて、根拠がないのに、誰かを悪者にする。

あるいは、悪い一部を拡大して、まるで全体が悪いかのように、責め立てる。

個人の場合は「自分のせいでこうなった」ですが、社会的な場合は「○○のせいでこうなった」というのが、広まります。

あまり根拠がないにもかかわらず、ですね。


そしてここでも、心は反応する。

実際にどうかは関係なしに、「そう認知したこと」に反応して、感情が出てくるのです。

悪者だと認知した者に対し、怒ったり、憤ったり、たまらなくなったりします。

主に、思い込みにより、ですが。



度々書いてきましたが、人間なら勘違いもあるし、誤認もあります。

が、時々なのか、度々なのかで、まず差が出てくる。

さらに、個人でやるのと、大勢がそうなるのとでは、与える影響というものに、大きく差が出ます。

伝える役割の人が根拠もなく「こうなったのは、○○のせい」だと広めると、とんでもないことになる。

なるんだけど、けっこう、こういうことって、あるんですよね。

一部が拡大されたり、確認が取れてないことを事実としたり、そうやっていつの間にか、「こうなったのは、○○のせい」という不思議な方程式ができあがっていることがある。

なぜそうなのか? はあまり触れられず、ともかく式だけが使われてしまいます。


こういうのって、フェアじゃないですよね。

そして何度も書いてきたように、根拠のないことを前提とすると、選択を間違ってしまいます。



我々はこういうことを他人事としちゃいますが、世の中にこのような認知の歪みが蔓延すれば、いつか我々がそのターゲットとなっても、不思議ではありません。

あるいは既に、時には被害者として、また時には加害者として、何かしらの経験をしているかもしれません。





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テレビや雑誌、ネットでも氾濫している、「○○のせい」。

その言葉を使う時は、一度くらい、なぜそうなのかを、言語化した方がいいのかもしれません…





<<「レッテルという決めつけ/認知の歪み 社会編(18)」


 → 認知の歪み




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生息地:関西
分類:昭和人間
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黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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