ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
ミヒャエル・エンデ作

モモ
時間どろぼうと、ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語

そのレビューと感想



第2回「何も持ってない、特別な女の子」



(第2章「めずらしい性質とめずらしくもないけんか」より)


近所の人たちの支援を受けて、モモの暮らしは ぐっとよくなりました。

いや、なに、贅沢(ぜいたく)はできませんよ。

でも、食う物に困らなくなったし、雨露もしのげる。

何よりうれしかったのは、たくさんの友だちができたことです。


モモの生活は、好転しました。

そして不思議なことに、みんなの生活も、好転した。

みんなは次第に、モモが来てくれたこと、モモがいてくれることの、幸運に気づきはじめました。

というのも、モモはすごく役に立ったから。


やせっぽちの、ろくに何も持っていない、小さな女の子。

確かに、物は持っていませんでした。

でも、ひょっとしたら、それがよかったのかもしれない。

みんなは口々に言いました。

「モモのところに行ってごらん!」


モモのところに、何があるんでしょう?

特別な何かがあるのでしょうか?

面白い話? いい考え? 癒し(いやし)の言葉?

聞きほれる歌? 素敵なダンス?

ためになる予言?

そんなものは、ありませんでした。

特別なものは何もない。

何もないのだけれど、それでいて特別なものがあったようです。


モモはとことん、相手の話を聴きました。

大きな黒い目で相手を見ながら、じっと耳を傾けた。


モモを相手に話していると、不思議なことが起こりました。

考えがまとまらなかった人も、考えがまとまってくる。

答えが出なかった人に、答えが出る。

分からなかったことが、分かってくる。

今まで無かったものが、急に出てきたりした。

といっても、物が出てくるわけではありません。

意志とか、勇気とか、希望とか、明るさとか、そんなものが出てきた。

自分の間違いに気づくことも、少なくありません。

ちっぽけだと思っていた自分が、そうでないことに気づいたりする。


モモを相手にしゃべっていると、こういうことが起きたのです。

だから、みんなして言いました。

「モモのところに行ってごらん!」



ある日、モモのもとを、ふたりの男が訪ねました。

このふたりはお隣同士なのですが、殺し合いをしそうになるほど、仲が悪かった。

そこで、他の人たちが、モモのところへ行くように、アドバイスしたのです。

モモを訪ねたふたりですが、モモをはさんで、睨み合う(にらみあう)ばかり。

今にも、噛みつき合いそう。


モモは、どちらにも話しかけませんでした。

あちらを立てれば、こちらが立たず。

ふたりから同じ距離になるように座り、じっと待っていた。

というのも、何も持ってないモモですが、時間だけはたくさん持っていたから。


やがて男のひとり、左官屋のニコラが帰ると言いだしました。もうひとりの男、居酒屋のニノに悪態をつきながら。

こうなると、ニノも言い返します。相手を、ののしる。

やがて殺す殺さないという言葉まで出はじめました。ニコラも、ニノも、顔を真っ赤にしながら、相手を非難している。

ニコラも、ニノも、相手がいかに悪いか、モモに説明します。

話を聴いていると、確かに相手が悪いと思える。でも、その前には、言っている自分も悪いことをしていたりする。その連続です。

いわば、仕返しの仕返しの、そのまた仕返しの――という感じ。

顔を真っ赤にして言い合っているうちに、そのおおもとが、だんだんと見えてきました。

どうも、互いは互いのプライドを傷つけていたらしい。

ほんの冗談だったにせよ、互いは互いを侮辱していた。


モモはふたりの真ん中で、ふたりの顔をじっと見ていました。

何も言わず、じっと眺めていた。

そんなモモを、ニコラもニノも、じっと見つめました。

だって、もう、言うことがなくなってきたから。


そうすると、やがて、ふたりは恥ずかしくなってきた。

モモの大きな目には、自分が映っている。

モモを通して、自分の姿が見える。


やがてニコラが、ちょっとだけ、自分の非を認めました。

でもそこから、またひと騒動。

言い合いが始まりましたが、すぐに終わった。

おまえも悪い、おれも悪い、そしてばかばかしい。そんなところに、落ち着いたのです。

何だか全部流れて、どこかへ行ってしまった。


ふたりはやがて同時に声を上げて笑うと、背中をたたき合って抱き合い、モモに礼を言うと、帰っていきました。

殺し合いをしそうだったのが、親友のようになって、帰って行った。


モモはこの時、何もしませんでした。

いつだって、何もしない。

歌を忘れたカナリアが連れてこられた時も、何もしませんでした。

ただ、一週間の間、カナリアのそばで、ずっと耳を傾けていた。


モモの才能は、じっと耳を傾けること。

いつまでも、いつまでも、聴くこと。

モモは世界の声を聞くのが好きだった。

頭上の星に耳を澄まし、ずっと聞き入った。


それがやがて、身体に染みついたのかもしれません。





モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語 (岩波少年少女の本 37)






<感想>


聴くのは、たいへんなこと。

ついつい、こちらから話したくなります。

「でも」とか「でもね」と、口から出そうになる。


モモには、その「でも」がなかったみたい。

ただただ、相手の話を聴いた。

それは「フリ」では、できないこと。

誰にも、なかなか、できないこと。


不思議な少女モモは、その達人でした。



感情は、流れ。

人間の奥から、どんどん出てきます。

我々は、どこかで、それを出している。

時に、言葉で。

時に、表情で。

文章だったり、画だったり、音楽だったり、ダンスだったり、何らかのカタチで、出している。


でも、時には、目詰まりを起こすことも。

どこかで詰まって、おかしくなります。


モモは話を聴くことで、その目詰まりをなおした。

流れる先を、提供しました。

はじめ、ちょろちょろ、時には、どばっ!

みんな、何かしらを流し、出した。

そうすることで目詰まりがとれて、自然と流れるようになる。


モモはその方法を知っているわけではありませんでしたが、知らず知らず、身につけていたようです。

流れる先があると、それは自然と流れる。

はじめは多少不細工でも、やがてそれは、自然な流れになる…





こころの声を聴く―河合隼雄対話集 (新潮文庫)






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    「(3) 遊びの中のホンモノ」>>




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生息地:関西
分類:昭和人間
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黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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