ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
ミヒャエル・エンデ作

モモ
時間どろぼうと、ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語

そのレビューと感想



第1回「石ころのような少女」



(第1章「大きな都会と小さな少女」より)


人が集まると、街になる。

街には、物も集まる。

人と物が集まって、文化が生まれる。

そのひとつに劇場があったそうです。

シアターの語源は、古代ギリシャのテアトロン。

これは、階段状の観客席をさします。

たくさんのお客が階段のような席に座り、舞台上に見入ります。

舞台の上にあるのは、人生。

物語上の人物が、それぞれの人生を生きます。

そこには、小さな世界がある。

そして観客も、その世界に入り込んでいきます。

こっちの世界に生きながら、舞台上の、あっちの世界を経験する。

そう考えると、何とも不思議ですね。



この物語の街にも、円形劇場が存在します。

でもそれは、円形劇場でありながら、円形劇場だったもの。

当時の面影を残しながらも、廃墟(はいきょ)になってしまっている。

大都市のはずれ、街が終わって畑になり、家の数も少なくなる。

そんな場所に、円形劇場だった廃墟があります。

今は、忘れられた存在。知ってる人は知ってるが、知らない人は知らない、そんな場所。


そんな廃墟に、ある日、人が住みだしたという噂(うわさ)が出ました。

それも、女の子が、ひとりで。

名前は、モモ。背が低く、やせっぽちで、あまり清潔とはいえない格好。

歳も、小学校高学年くらいだとは分かるものの、詳細は分からない。

夏は素足で、冬は拾った左右バラバラの靴を履いている。

スカートだって、つぎはぎだらけ。

スカートにつぎはぎをあてたのではありません。つぎはぎをはり合せて、スカートにしたのです。

上着はちゃんと、一枚ものですよ。

ただし、大人の、男の人の物。袖があまりに長すぎるので、折り返しています。

髪は、もさもさの巻き毛。

でも、目だけは、美しかった。黒い、大きな、きれいな目をしていました。


劇場には、いくつかの小部屋がありました。

モモはいつからか、そこに住むようになっていた。


そんなモモを、訪ねる人たちがありました。

女の子が住んでいるという噂を聞いた、近くに住む人たちです。

モモは最初、不安になりました。

だって、追い出されるかもしれないと思ったから。


でも、話を聞いている内に、だんだんと、みんなが親切な人なんだと分かってきた。

みんなも、あまり裕福とはいえない人たち。

だから、貧しいのをさげすむこともないし、そのつらさも知っている。


話を聞いて分かったのは、モモに帰る家がないこと。

お父さんも、お母さんも、いないこと。

歳を聞いたら、「百」と答えた。

といっても、それはモモが数を表す言葉を少ししか知らなかったから。


みんなは最初、警察に知らせることも考えました。

そうすれば施設に入って、住むことと食べることに困らない生活ができる。

でも、モモは、「いやよ」と言いました。

だってモモは、そこにいたのだから。


とはいえ、モモは小さい。

なので、誰かの家に世話になってはどうかと提案しました。

でも、モモは、ここに住みたいのだという。

みんなは相談し、モモをこの円形劇場に住まわせることにしました。

誰かが引き取るのではなく、みんなで世話することにした。


そうと決まれば、やることをやればいい。

みんなで部屋を片付けて、石のかまどまで作った。

小さな煙突も取り付けたし、木箱と板で、テーブルとイスだって作った。

古いベッドと、ちょっとだけ破れたマットも運ばれました。

何も買いませんでしたが、廃墟の一室は、気持ちのいい小部屋になりました。

ステキな花の画だって、額縁付きで飾られた。

といっても、左官屋さんが、額縁付きの画を壁に描いたのですが。


大人がそうしていると、子どもたちは、食べ物を持って来てくれました。

裕福ではありませんから、少しずつ。

でも、少しがたくさん集まって、ちょっとしたものになった。

その晩、ちょっとした宴会がやれるほどに。


こうして、モモとみんなの、友情がはじまったのです。





モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語 (岩波少年少女の本 37)






<感想>


P19には、こう書かれてあります。


その宴会は、まずしい人たちだけがやり方を知っている、心のこもったたのしいおいわいになりました。




ちょっととちょっとが集まって、ちょっとしたものになる。

ちょっとは、「わずかなもの」。でも、それが集まると、「立派とはいえないものの、かなりの物」=ちょっとしたもの、になる。

まずしい人は、そんな知恵を持っているものですよ。


知ってました?

日本て、ほんの少し前まで、おおむね まずしかったんです。決して、豊かではなかった。

クーラーも、ビデオも、お金持ちしか持っていませんでした。

パソコンも、携帯電話も、ありませんでした。

でもね、「ちょっとした楽しみ」は、たくさん知ってたんですよ。

今では贅沢(ぜいたく)といえない、ちょっとした贅沢を、知っていた。

限りあるお金、限りある物、そんな制限の中で、つつましいながらも、大人も子どもも、楽しんでいました。

楽しみや喜びを見つけるのが、上手だったんです。



さて、何ともさえない格好をした少女、モモ。

まるで、石っころのようです。

でも、石とはおおざっぱな見方。

石にもいろいろあるので、どんな石かは分かりません。

特に、パッと見ただけでは、みんな同じに見える。

ようく見て、ある時は待って、そうしないと、それがどんな石かは、分かりません。


貼られた札では、それがどんなものかは、分かりませんぞ…





貧乏だけど幸せ―われら日本人・昭和25~35年の実写記録 (コロナ・ブックス)






   「(2) 何も持ってない、特別な女の子」>>




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生息地:関西
分類:昭和人間
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黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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