ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
客観的現実と感情が混同されてしまう認知の歪み、それが感情的決めつけです。

「実際にどうか」よりも、「わたしはこう思う」というのが、勝ってしまう。

最近 日本を覆いつつある危うさだと、私は感じています。



感情とは、喜んだり悲しんだりする心の動き。気持ちともいう。

自分はこう思うなど、対象に対する主観的な価値づけでもあります。

好きや嫌い、美醜、快と不快などを、判断する。

恐怖や怒りといったものもあります。


人は何かに触れると、感情が生じます。

が、感情が事実と合致するかは、分かりません。

例えば、誰かを冷淡だと思うこともありますが、あとでそれは間違いで、実際とは違うと知ることもあります。

はじめ冷淡だと感じていたが、実は温かい人だった、みたいな。堅物(かたぶつ)だと思っていたけど、話の分かる人だった、とか。

一瞬で人の全人格や してきたことを見れるわけではないので、そういうことも生じますよね。

ちょっとした一面だけを見て判断してたけど、その他の部分を知ることで、それは修正されます。


反対に修正されないのが、感情的決めつけ。

一度冷淡だと判断したら、ずっと冷淡だと思い込もうとする。

一面だけ見たことで生じた感情による判断を、修正しようとはしません。



個人の場合、これが虚無感につながる場合も。

「わたしは喜びを感じない」 → だから、「世界は悲しみに溢れている」
「わたしは醜いものをよく見る」 → だから、「世の中は醜いものだらけだ」

前者は個人の感情です。何かに触れ、感じたこと。なのでそれはウソではありませんが、それを後者のように広げてしまっている。前者は感じたという意味で本当ですが、後者は現実という意味で 必ずしも本当ではない。

あるいは言い方を変えれば、現状、そして目に見える範囲では、そうかもしれない。だけど、未来や、見ていない広い世界では、必ずしもそうではないかもしれない。

一部は確かにそう、しかし、全部ではない。なのに、決めつけてしまいます。

といっても、それは責められることではなくて、そう思うようなことが連続で起きていたりするから、困りもの。

むしろ、気の毒な時さえ、あるかもしれない。



「わたしはこう感じるから、それは本当のことなんです」

それは感情としてはその通りですが、現実としてその通りであるかは、また別なんですね。

別なんだけど、これを分けられなくなる。

混同してしまいます。

ここでも、場合分けの問題が。



人間にはまあ、このような部分はあるのですが、その傾向が強いと困りもの。

そして、伝える人がそうだと、なお困る。

「わたしはこう感じるから、それは本当のことなんです」

こんな前提で伝えられたら、事実と感情が混同され、えらいことになります。

実際より、個人がそう思ったことが、勝ってしまう。

検証もくそもなくて、「だって、わたしはそう思うから」となってしまいます。


さすがにテレビや新聞で「わたしがそう思うから」とは言いませんけど、そういった主観を前提に話をしている人は、いるみたいですよ。

実際に見たわけでもない、調べたわけでも、検証したわけでもない。「でも、そうなんです」、みたいな論調があったりする。

そしてなぜか、それがそのまま放置される。

こりゃ、怖いですよ。


客観的な事実かどうかも分からないものが、現実と同等の権威を持って語られたら、何が何だか分からなくなります。

いつも言うように、選択を間違えます。

思ったことと現実が混同されるんだから、そりゃそうですよね。

でも、こういうことって、多いですよ。

検証されない「そう思ったこと」が、実際の出来事のように語られたりする。

また受け手も、それを実際のこととして受け取るので、それにそった感情を抱く。

検証しないまま感情を動かされ、それで判断してしまいます。

これは、怖ろしいことです。



ということで、「ん?」という意見に接した時は、「それは客観的に確かめられた現実なのか?」それとも「その人がそう思ったことなのか?」、それを確かめてみるのも、いいかもしれません…





世界は感情で動く (行動経済学からみる脳のトラップ)




心配性 (きっと上手くいく10の解決法シリーズ)





感情は感情で悪くないんですけどね。

ただ、程度を、それも慢性的に超えると、ややこしいということ。

特に、感情増幅器になっているテレビは、その影響力や拡散度も考慮して、己を律することをはじめてほしいと、切に願います。






<<「見積もりの間違い/認知の歪み 社会編(15)」
   「理想とTPO/認知の歪み 社会編(17)」>>


 → 認知の歪み




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Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
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黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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