ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
(まず最初に、きっつい題名で、申し訳ない)


人間は基準を持つものです。物事に対する判断の、拠り所となる目安を持つ。

が、しかし、その基準が、あっちとこっちとで違ったら、どうでしょう?

それは基準と言えるのでしょうか?




不信任案に同調の動き けん制

仙谷官房副長官は午前の記者会見で、菅内閣に対する不信任決議案を巡り、「政権が代われば何とかなるという簡単な話ではない」と述べ、不信任決議案に同調しようとする民主党議員の動きをけん制しました。




「政権交代すれば何とかなるかというと、必ずしもその通りではない」

これは、その通り。

しかし、民主党は野党時代、一部(?)メディアと共に、「政権交代すれば、この国はよくなる」と声高に叫んでいたと記憶しているのですが、気のせいでしょうか?

この人たち、はっきり言って、卑怯だと思います。いつもこの調子で、相手の立場に自分が立った途端に、態度を変える。しかも、自分たちに対し、すごく甘い。

申し訳ないけど、卑怯で不快です。



なぜこのようなことが起こるのかといえば、周囲がこの卑怯さに対し、無関心だからなのだと思えます。

誰かが仮に卑怯なことを言っても、周囲がそれを卑怯だと認識していれば、そんなことはそうそう赦されない。相手に厳しく自分に甘いことを言っていても、周囲の大半が「アホか!」「卑怯なことを言うな!」と声を上げれば、言う方もちょっとは躊躇するでしょう。

仮に態度が修正されないにしても、政治家であれば、選挙に落ちる。議員になれないのだから、政治に影響はありません。

ところが、今はどうでしょう?

バカな意見に対し、ちゃんとバカだと思えているだろうか?

卑怯な意見に対し、どれほど卑怯だと認識できているだろうか?


通常、人間に対し、卑怯だとはあまり言いません。

滅多なことでは使わない言葉です。

しかし、あまりに程度が大きいなら、言っちゃいますよね。


ホント、いい加減にしてほしい。

何かを批判する基準を作るなら、自分自身にも、仲間にも、当てはめないと。

「ある役割は、こうしなくてはならない」

そういう基準を作ったら、自身がその役割に就いた時、自身にも適用しないと。


相手を足りない足りないと攻撃し、その座を奪い、自身がその場に座るや、「仮免許だから」とか「変わったからうまくいくわけではない」とか、どの口で言うのでしょう?

仮に卑怯な人がそう言うにしても、周囲の人間がそれを認識しないと、とんでもないことになりそう。


もう一度言うと、今ある状況は、「政権が変わればすべてがうまくいく」、そう そそのかした人と、それを大々的に伝えた人、それを信じた人、そんな人たちが選んだ未来なのです。

(天災はまた別物ですが、その対応は、選んだ未来だと思っています。このような対応をする人を、選んだ。未来は不確定ですが、ともかく、選んでしまった)

「政権が変わればすべてがうまくいく」と主張していた人が、平気で、「政権交代したからといって、うまくいくわけではない」と言っている。

こんな馬鹿なことはないでしょう。

卑怯ですよ。

汚い。

変わればバラ色の未来が来るわけではないというのはその通りですが、その言葉を使うなら、ちゃんと、相手にも、自分にも、両方に使わなきゃいけない。その時の都合で、自分たちにいいように使うのは、おかしい。

周囲はそれに対し、声を上げるか、上げないまでも、認識しないと。そうでないと、バカなことが延々と起こる。

卑怯が通れば、当たり前に、卑怯な世の中になってしまいます。


度々現れるこのような姿勢は、本当に赦せません。

ニュース解説というものがあるとするなら、上記のニュースの後に、「しかし、政権交代すればすべてうまくいくかのように主張し、その結果できたのが、今の政権なんですけどね」と、付け加えてほしいもんだ。

付け加えないにしても、その事実を、国民が共有する必要は、あると思います。


卑怯は当たり前ではないと、私は思っているし、思いたい。

だって、それを当たり前だとするなら、日本は卑怯の国になってしまうから…





狂気とバブル―なぜ人は集団になると愚行に走るのか (ウィザードブックシリーズ)



はなさかじいさん (日本昔ばなしアニメ絵本 (7))

意地悪爺さんに同調したら、どうなるか…





バカな意見も、それを信じ込んだり、認めない限り、さほど問題にはならないようですよ。

だから、認知を…





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生息地:関西
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黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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