ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
NHK教育の「Q~わたしの思考探究~」で、時間について語られていたので、自分でもいろいろと考えてみました。




時間の本性
時間の本性




テーマは、「時間」。

問い手のマギーさんの疑問は、「締め切りを守るということは、他人の考えた時間に支配されているということではないか?」という点。そして、「そもそも時間とは何なのか?」という深い疑問も。


答えてくれるのは、時間論の研究者として知られる、哲学者の植村恒一郎さん。

日本時間学会の創立メンバーなのだそうです。



(*自分の意見は、オレンジ色にします)



そもそも、時間とは何なのでしょうか?


時間は流れます。

過去 → 現在 → 未来 と、進んでいく。

(いや、過去は単に過ぎ去ったというだけで、過去が現在になるわけではないか。現在が過ぎ去ったのが過去なだけ?)

時間は目に見えませんが、流れると仮定されている。

やがて、未来は現在となり、現在は過去になります。



ここで、動く歩道を想像してみます。

我々は見えない動く歩道(のようなものの上にいて)こうしている間にも、時間の流れの上を動いている。


時間/Q~わたしの思考探究~


ということは、物理法則を無視する術を身につけたとしたら、その人は歩道の流れから逃れることができ、結果、時間の流れの外に存在することが可能になる。

この時、何が起こるのかというと、本人Aさんを残して、今まで一緒にいたBさんは、世界と共に時間軸上を進むことになります。

なので、AさんにとってBさんは未来へ進んだ人になり、BさんにとってAさんは今はもういない過去の人になる。

こうしている間にも、両者の間は広がり、BさんにとってAさんは過ぎ去った人になります。


時間/Q~わたしの思考探究~



では、Aさんは時間を超えた人(過去に行けた人)になったのかというと、それは疑問。

Aさんは単に止まった人になっただけで、過去に移動できたわけではない。

BさんにとってAさんは過去の人だけれど、Aさん自身は制止しているので、過去に移動してはいない。止まった現在にいるだけ。


いわば、取り残された人。時間の外にいる人。



ということは、死というものがこれにあたるのか? とも思えます。

人は死ぬと時間の外に置かれ、生きている人にとって、過去の人になる。

ただ、死んだ人がどのような状態に置かれるのかは、分からない。

時が隔てられるので、生きている人と死んだ人は、コミュニケーションがとれません。






時間を簡単に説明すれば、「時をはかる長さ」や「時を区切る単位」となるでしょうか。

いわば、そういう「取り決め」。

1日を24時間とし、1時間を60分とし、1分を60秒だと設定しています。設定し、共有している。


植村先生は、こういう取り決めのもと、計られる対象は、人間の生活であったり、身体の動きであったり、世界の変化であると話してくれました。

そして、時計で計る「客観的時間」と、自分が感じる「主観的時間」という、二つの時間を提示してくれた。

例えば、授業を考えると、黒板の上にあったりする時計が刻んでいるのが、客観的時間。生徒たちはそれを眺めながら、時には、長いな~と思ったりする。そしてこの、「長いな~」が、主観的時間。

時計による時間とは別に、我々は自分が感じる時間感覚を持っています。集中している時などは時間が短く感じられ、退屈している場合などは、ものすごく長く感じたりする。また、納期に追われていると、「もっと長くなってくれ~」と願ったりもします。

この差は言葉を変えると、客観的時間は「量」に注目しており、主観的時間は「質」に注目しているといえるでしょう。

時計で計られるのは「量的な時間」で、我々が生きているのは「質的な時間」(自分の中の流れ)でもある、というわけ。


なので植村先生は、「プロセスを生きることには意味がある」と主張します。

結果を求めるだけでなく、その過程にある主観的な時間、その質にも注目してみる。

そうすると、生き方や生きる意味にも、違いが出るのではないかと。



時間が計る対象である以上、「基準」というものが出てきます。

その基準を統一し共有することで、社会は便利になった。

電車の時刻を決められたり、待ち合わせができたりします。

同じ基準を共有するので、話がはやい。

社会で生きる上で、時間は切り離せません。


でも、人は生まれて自分の人生を生きるわけだから、その基準は自分であるべきではないのかと、植村先生は訴える。

仕事をしたり、誰かと約束したり、そうした中で共有する客観的な時間は大事なのですが、それと共に、自分の時間を大切にすることも、同じくらい大事だというわけ。

どちらが欠けても、生活に支障が出てくることもある。


なので、植村先生は、

「わたしの時間」と「みんなの時間」をうまく関係づけて生きることが大切だ、

と話してくれました。


(意味深いですよね)





時間という概念は、生活と密接に関係しているのかもしれません。

我々は、1日という時間の単位を持っています。


1日は、「日の出から日の出まで」あるいは「日没から日没まで」といった風に決められている。

これは、大雑把にいえば、地球の自転周期に近しいですよね。(地球の自転周期は、24時間ちょうどではないので、厳密には異なりますが)

地球の1回転が、1日。


そう仮定すると、仮に自転の影響を受けない術を身につけた人がいたとすると、どうなるか?

その人が止まっている間に、他の人は1周し、1日経てば出会えるのか?



時間/Q~わたしの思考探究~



これは、出会えないのでしょう。


なぜかというと、仮に2011年3月7日正午に、A君が自転の影響を受けなくなったとして、同じ場所にいたB君が1周してきた時には、そこは(B君にとって)2011年3月8日になっているから。

止まっているA君の正午と、時間軸上のB君の正午は、既に別のものになっているのです。

ということは、時間の輪は閉じられておらず、実は、開いていることになる。

そして、その開いている先は、新しい輪につながっていることになります。


1日が終わると、次の1日の輪に移行する。


これは、公転を考えると、分かりやすいですよね。

地球は自転していますが、太陽を中心にして、公転もしている。

なので、大雑把に仮定すると、地球の描く1日の円は、それ自体が動いている。

結果、3月7日の円と、3月8日の円は、違った円になります。

(注:あくまでイメージの話で、物理法則の話ではありません)



時間/Q~わたしの思考探究~



こういった意味で、単位としては同じ1日も、今日と明日とでは、別の1日になることが分かります。


(いや、そういう考え方もあるな~程度のものですが)






時間について考えていると問題になるのが、「タイムトラベル」の話。

我々は、過去に行けるのでしょうか?


今日考えたことを基本にするなら、時間の流れの外に出たとしても、過去には行けないことになります。

過去の人にはなれても、時間を遡ることはできない。それは、別の話。


そもそも、世界は時間軸上を移動しているので、過去に行けたとして、そこには何もありません。

世界は移動しているから、過去は空っぽ、無です。

過去は記憶や記録としては残っても、実在としては、もう存在しないことになります。


(といっても、こういう概念を打ち破る何かが、出てくるかもしれませんが)






とすると、過去に行けるのは精神だけなのか? ということになりますかね。

頭の中では、確かに過去は存在する。


でも、気をつけなければならないのは、頭や記憶は必ずしも正しくないということ。

むしろ、よく勘違いする。

過去を作ってしまうことも、しばしばです。


そうなると、正確な過去って何なんだろう? ということになりますが、それは無意識と関係してくるのかもしれません。

無意識そのものは意識が加工することができないので、そこに何かあるかもしれない。

正確で、しかも手を加えられないような何かがある可能性がある。


でも、同時に、無意識そのものを意識することはできないので、どうにもできないか。

無意識につながるイメージは、前述のように、意識の加工が出てきたりするし。

難しいですね。






番組の最後に、植村先生は、「歳をとると1日がはやく感じる」といった点にも、言及してくれました。

これはよく言われる、分母の大きさですね。

例えば、6歳の人生経験と、60歳の人生経験は、当然、違います。

なので、6歳の1日と、60歳の1日では、「1日/人生」の濃度が違ってくる。

相対的な分量は、違ってくると。




時間、

時間について考えるのは難しいですが、

考えていると時間に関係する別のものが出てくるので、

面白い…





時間論 (ちくま学芸文庫)



時間と自由 (講談社学術文庫)





円がつながると、螺旋になる。

螺旋といえば、DNA?





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黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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