ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 

臨床的診断は重要である。医師に、ある一定の方向を与えるからである。だが、診断は患者の役には立たない。最も重要なのは物語である。物語だけが人間的背景と人間的な苦しみを明るみに出すのであり、その点からのみ、医師は治療に取りかかることができるのである。



話は、聴いてみないと分からない。何があったのか、聴いてみないと、把握できない。

そして本人も、話して話して、やっと気づくこともある。

徹底的に聴くというのは、奥にあるものが全部出てくるまで聴く――あるいは待つ――ということなんでしょう。


まさに、「物語だけが人間的背景と人間的な苦しみを明るみに出す」、ですね。


症状に対応するには臨床的診断は必要だし、欠かせないものですが、同時に、人間とか、人生とか、その人が生きるということを考えた場合、「物語る」というのは、とてつもなく重要になってくるんでしょうね。

先週の記事で書いた「本能の基層」云々の話や布置の話も、物語ることによって、明るみになってくる。

無意識の体現が、この場合、物語ることによって、成されるのです。

そういう意味で、「よく聴く」とか「物語る」というのは、すごく大事なのだと思えます。






症状形成はそれ自体が個性化の産物である。病は自主的な創造行為である。異常な環境にあっても成長と発展をとげなければならない心のもつ、ひとつの機能だということである。



例えば、影は、態度や考え方の変容を求めます。

その過程で人は苦しむし、時には何らかの症状に悩まされることになる。


ただ、我々は、「その先」というものを忘れがちです。

態度を改めるのは確かにつらい。しかし、態度を改めることで、どうなるか?

考え方や価値観を修正するのはつらい。しかし、修正したのちに、何が待っているか?


物事に意味があるとするなら、悩みや問題は、人を悩ますためにあるのではなく、むしろ、その先に進ませるためにあるのではないかと、思えます。


症状によって最初、失うものが出てくるかもしれません。でも、人間には、何かを捨てなければ持てないものとか、何かを止めないと取りかかれないものとか、そういうものもあります。

(両手に何かを持っている。その前に、何かが現れた。それを持つには、どうするか?)


個性化は、そういう部分にも、関わってくる。

自我はそれを嫌がるのでたいへん苦しみますが、個性化にはその自我が一度負けるという通過地点があるようです。

一度自我がへし折られ、それでこそ見えてくるものがある。それでこそ、変われる部分がある。

自我は一度、何らかの一生懸命を、放棄しなければならないようです。(それには「一生懸命何かをしない」ということへの放棄も含まれますが)



ユングによれば、神経症とは人生が与える試練からの逃避であり、自分にはそれに立ち向かうだけの備えがないと感じたときに起きるのである。それでユングは弟子たちにこう教えた――新しい患者を扱う際には「患者が避けようとしている課題は何か」を突きとめなさい、と。



ある意味では、苦しいのは変わるのを拒否しているからだと。

そういう外的状況であったり、無意識からの突き上げだったりを、自我が頑なに拒否するから、精神的にも苦しくなるし、状況も一向に改善されないというわけ。

ただ、それを責められるのかというとそうではなくて、「自分にはそれに立ち向かうだけの備えがないと感じたときに起きる」と、あります。

そういう意味では、症状は、準備前だったり、準備中の期間である、ということになるでしょうか。(また、相手ということを考えると、より複雑になります)

それは、変容の前段階。いわば、サナギ。



症状を考える時、我々は、停滞することや後退することを考え、怖れますが、実は、それは進むために必要なものなのかもしれません。

あるいは、飛躍するために必要な期間なのかもしれない。

そして、立ち向かうだけの備えがない時に症状が出るのだとしたら、その症状にも意味があって、症状と付き合うことで、ひょっとしたら、備えができてくるのかもしれませんね。

混沌には混沌の意味があると…





生きるとは、自分の物語をつくること
生きるとは、自分の物語をつくること



自己実現の心理学―元型論入門
自己実現の心理学―元型論入門





次回に続く…





ユング心理学概論の目次





【関連記事】
「タイプ論の目次/ユング心理学」
「エニアグラムの目次」

「人間は変われる/それなりに探し」
「変われない理由①/みんな何かを拒否してる」




関連記事
[サイト内タグ]:  ユング  個性化



ブログランキング・にほんブログ村へ
BlogPeople「人間・哲学/人間考察」
blogram投票ボタン


ランキングに参加しています
よかったらクリックしてね


秋だから、実をためる


↑ページトップへ


■ 最近のエントリ

■ 人気ページランキング


↑ページトップへ




// HOME //
Powered By FC2ブログ.
copyright © 2005 枕石漱流 日記(ユング心理学の視点から) all rights reserved.
ブログパーツ アクセスランキング
■ Amazon
■ 注目記事
■ アーカイブ
■ カテゴリ

■ 月別アーカイブ

■ 検索ぷらす


【注意】 ENTERキーだとうまく表示されないようです。申し訳ございませんが、ボタンを押してください。

■ キーワードハイライト機能

検索時、検索語句がハイライトされます。

■ BlogPeople リンクリスト

リンク集と更新状況↓



☆登録する by BlogPeople☆

■ RSSリーダーに登録

 RSSリーダーで購読する

 メールで購読する


(リンク切れを修正しました)


■ 最近のトラックバック
■ スポンサードリンク

■  
■ スポンサードリンク



■ 最近の記事
■ カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

■ FC2カウンター



現在の閲覧者数:

■ プロフィール

南方 城太郎

Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


日記について


拍手する

プロフ
電脳露店マイアソシエイトストア
おバカ映画

■ リンク
■ RSSフィード
■ インフォメーション


検索サイトiscle
(検索サイトさんです)

■ QRコード

QRコード

携帯でも御覧になれます。

■ 地域情報



ジオターゲティング





■ にほんブログ村

■