ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
我々は、安定を望みます。

安定とは、落ち着いていて、激しい変動のないこと。

生きていれば、落ち着かない事態も生じるし、何かしらの変動にも出くわすのですが、その中で、何とか安定を得ようとします。

平穏な日々を望む。



ただ、その一方で、その反対を願うことも。

いや、意識的に望むかどうかは分かりませんが、結果として、反対のものを望むかのような、態度や行動をとったりします。



人間は、成長します。身体も、心も、成長し、成熟していく。

そして、それは“変わる”ということでもある。

変わるとは、安定とは反対のこと。

(まるきり反対でもありませんが)


変わる、

様子が変わる、

年度が変わる、

場所が変わる。


顔色が、

気持ちが、

態度や行動が、

変わる。




成長とは慣れ親しんだ過去から未知の未来への苦しい旅である。誰もが道の不安定さに意気消沈してしまう時期がある。あるときは、あきらめ、発達の前段階に退行し、包み込み、栄養を与えるという母親の元型的側面へと逆戻りしてしまうこともある。状況によっては これは適切な戦略かもしれない。つまり試練に立ち向かうための力と決意を取り戻すための「一歩後退 二歩前進」である。




我々は、変わりたいと願ったり、実際に変わろうとしたりします。

今までの安定を棄て、新しい場所へと赴く。

(これは自発的な場合もあれば、そうでない場合もありますが)


これを意識的にやる場合、おそらくは、葛藤が生じるのでしょう。

そこには、安定を棄てる、という意識も、含まれるから。

場に流されるのでもなく、要請されてやるのでもなく、気づかないままにやるのでもない。

「ああ、ここから出るのだ」「結果、失うものもあるのだ」

それをある程度知ってなおやるので、やる前に悲しみを経験することになる。


では、あまり意識しない場合は、どうでしょう?


この場合は、上の引用部分のようになるような気がします。

やってはみたが、だんだんと、道の不安定さに気づく。慣れ親しんでいたものから離れるさみしさも、経験する。

こうなると、退行現象のようなものも、生じるかもしれません。


といっても、どちらにせよ、さみしさや悲しみは経験するので、そういう意味では、同じなのかもしれません。前にやるか、後にやるか、その違いくらい?

成長には、そういったものは欠かせないのかもしれませんね。



また、退行が悪いというわけでもない。

上に書いてあるように、

>試練に立ち向かうための力と決意を取り戻すための
>「一歩後退 二歩前進」

という側面がある。

人によってカタチは違うのでしょうけども、前に戻ってエネルギー補給し、それからまた、前に進む。



ユングは経験を通じて次のようなことを学んだ。すなわち、退行が成長のためになることもあり、精神の病が、自分自身を治療しようとする心の努力をあらわしていることもあるのだ。




例えば、「へばって倒れる」というのは、一見困ったことでありながら、働きすぎや頑張りすぎ、休養の必要性などを教えてくれるものでもある。また、頑張るためには、休養は欠かせない。

イライラや不安にしたって、それは困ったことでもあるけれど、何らかのストレスを教えてくれるものなのかもしれない。

そして、これらの最終目標のようなものは、表面上の症状を取り除くことではなく、生き方を変えること、だったりする。

一時的に疲労をとるとか、一時的にイライラや不安を忘れるとか、そういうことではなくて、ぶっ倒れないような頑張り方を学ぶとか、負担をかけすぎない生き方を学ぶとか、生き方の改変こそが、最大最後の目標なのでしょう。

(ちょっと、話がズレたかな)


退行にしたって、それはエネルギー補給の意味合いもあるだろうし、前の段階でやり残したことの、やり直しやおさらいの側面もあるかもしれない。どこかでやり残したものは、次の段階に行く前に、ちゃんとやり直すようになっている面もあるようです。


このように、症状の意味というのは、単に症状を取り除く云々ではなくて、前に進むことにこそ、あるようです。前に進むために、立ち止まったり、戻ったりする。



我々は人生のどこかで、“本物の自分”“本物の○○”に、なろうとするのでしょう。

その前にまず、人生の第1目標を通じて社会の中の自分――ユングのいう人格No.1――を形づくり、その後、個性化の作業に入ってゆく。

あえて安定を棄て、苦しい旅に出る。


それは自我意識――あるいは、社会常識――にとってはナンセンスなことかもしれませんが、無意識からの要請がある。

また、人生の前半で自我が無意識――あるいは、身体と心を含めた人間総体――に無理強いしていたとするなら、そのお返しをしなければならないともいえる。

更に、人間の成長という意味においても、欠けた部分を補うというのは、意味深い。


頭は考えますが、心や身体は、純粋に要請します。

腹が減った、喉が渇いた、眠りたい、そう要求するように、成長したいと、どこかで要請する。

そして、そういうものは、満たすことなくずっと抑え込むことは無理なようです。

我慢すれば渇き、腹が減るように、成長の要求は勢いを増し、自我を圧迫する。


だから、それを踏まえて、どうするか? ってことです。


前に進もうとする力と、どう付き合うか…





生と死の接点
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自己実現の心理学―元型論入門
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そう考えると、きっちり後退することにも、意味が…





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Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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