ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
父性と母性について書いた記事では「本物になるということ」を、アニマ・アニムスについて書いた記事では「自我に欠けているものは無意識が補償してくれる」といったことを、それぞれ書きました。



人生に対し、我々はある種のモデルを持ちます。人生をいくつかの段階に分け、ある程度の目標を持つ。十分にそれを意識するとは限りませんが、「ああ、こうなるんだろうな」「ああ、こうするんだろうな」「こうすべきなんだろうな」などと、モデルを持っていたりする。

それは例えば、学校を卒業し、職に就き、あるいは、結婚し、子を産み育て、お金を稼いだり、社会的な地位を得たり――そういったもの。

(人によっては、反対方向のモデルを持つかもしれませんが)



ユングは、人間には二つの目標があると考えました。そのうちの一つは、上で述べたようなものです。子を産み育てるといった生物学的なことや、社会的なこと。

そして、もう一つの目標とは、文化的・精神的な目標。

で、後者が、無意識的なものと関係してくる。



前者は、意識的な活動ですよね。あるいは、ペルソナにも関係してくる。

自分の知っている自分、と言えるでしょうか。

ただ、我々には、「まだ気づいてない人格」といったものが、あるようです。言葉を変えると、「まだ出会っていない自分」といったもの。

こういったことに対し、アンソニー・スティーヴンズは、以下のように述べています――



人間は一方では過去の自分と全く同じでありながら、すでに未来の自分である。意識は一人の人間の全体を包含してはいない。意識の内容は人間全体のごく一部にすぎないからである。小さい円が大きな円に包含されるように、意識はその全体性のなかに含まれるのである。




過去の自分があって、今の自分がある。

過去の自分と今の自分を切り離すことは――基本的には――できない。

それと同じように、今現在の自分と未来の自分も、つながっている。


過去や現在の自分とは、知っている自分。認識している自分。経験した自分。生きてきた自分。

それとは別に、まだ知らない自分、まだ出会っていない自分がある。

あるいは、言葉を変えると、なるべき自分といったものがある、と。



我々は、ある程度の社会プログラムの中で、生きています。

詳細は違うにしても、ある種の枠や道といったものがある。

教育、就職、子育て、そういった筋道が、一応はある。

(昔ほどガチガチでないにしても。いや、部分的には、昔よりガチガチ?)


それはいわば、外的なプログラムです。

しかし、ユングは、人間の内部にもプログラムがあると考えた。

そのひとつが、元型によるプログラムです。その概要は、以前に書きました。



我々は、社会の中で、意識的に生きます。もちろん無意識の影響は受けますが、それなりに意識的に生きる。

社会プログラムの中で、ある種のモデルを設定し、その中で生きる。


しかし同時に、我々は内部に埋め込まれた遺伝的なイメージも持つ。

「○○になれ」という期待、あるいは、宿命を持つ。

それに関係するのが無意識であり、元型であるということ。



人生には段階があって、それが第1の目標(社会の中での目標)の場合、入学や卒業であったり、就職や結婚、出産といったものなんでしょう。

また、第2の目標でも段階があって、それが元型と関係してくるのだと思われます。

例えば、影との戦い、アニマやアニムスとの接触、などなど。

(ペルソナの形成は、前者(第1目標)と重なりますかね)



特に後者(第2の目標)の段階の場合、その移行には危険を孕むといいます。

というのも、その移行には、少なからず破壊が伴なうから。

例えば、影を認識し対決するというのは、“今までの自分”と戦うことでもあります。

今までの自分を、今まで見てこなかった部分まで認識し、対決する。

しかも、そこには見たくなかった部分が含まれるのですから、これはたいへんです。



「自立する」ということに対しても、前者的な意味もあれば、後者的な意味もあるでしょう。

社会の中での自立もあれば、内的な自立もある。また、内的といっても、内的世界と外的世界が、微妙に絡み合う。

それは例えば、冒険として表現されたりもするけれど、その最初は、両親や兄弟との別れから始まったりする。それから怪物と戦ったり、試練を乗り越えたり、そして後に、伴侶を得たり、王国を築いたりする。

王国を「自分の居場所」と考えるなら、これだって自立なわけですね。

この、冒険として表現されているものを通して、「相手に保護されたい気持ち」や「相手の保護したい気持ち」と戦い、打ち勝ち、自分の居場所を勝ち取るのです。

ここにも破壊と再生があり、二度目の誕生があります。



このように、我々は社会の中のプログラムを生きながら、同時に、我々の中にある別のプログラムも、生きているようです。

そして、そのどちらかに偏る時、今まで疎かにしていた方を、生きねばならなくなるのかもしれません。

また、そうしてこそ、人間が補われ、より完成に近づくのでしょう…





「日本人」という病 (静山社文庫)
「日本人」という病 (静山社文庫)



自己実現の心理学―元型論入門
自己実現の心理学―元型論入門





ユング心理学概論の目次





【関連記事】
「知的好奇心は、ためになるならないを超えている」
「死と不安、生きるということ/村上もとかさんインタビュー」




関連記事
[サイト内タグ]:  ユング



ブログランキング・にほんブログ村へ
BlogPeople「人間・哲学/人間考察」
blogram投票ボタン


ランキングに参加しています
よかったらクリックしてね


秋だから、実をためる


↑ページトップへ


■ 最近のエントリ

■ 人気ページランキング


↑ページトップへ




// HOME //
Powered By FC2ブログ.
copyright © 2005 枕石漱流 日記(ユング心理学の視点から) all rights reserved.
ブログパーツ アクセスランキング
■ Amazon
■ 注目記事
■ アーカイブ
■ カテゴリ

■ 月別アーカイブ

■ 検索ぷらす


【注意】 ENTERキーだとうまく表示されないようです。申し訳ございませんが、ボタンを押してください。

■ キーワードハイライト機能

検索時、検索語句がハイライトされます。

■ BlogPeople リンクリスト

リンク集と更新状況↓



☆登録する by BlogPeople☆

■ RSSリーダーに登録

 RSSリーダーで購読する

 メールで購読する


(リンク切れを修正しました)


■ 最近のトラックバック
■ スポンサードリンク

■  
■ スポンサードリンク



■ 最近の記事
■ カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

■ FC2カウンター



現在の閲覧者数:

■ プロフィール

南方 城太郎

Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


日記について


拍手する

プロフ
電脳露店マイアソシエイトストア
おバカ映画

■ リンク
■ RSSフィード
■ インフォメーション


検索サイトiscle
(検索サイトさんです)

■ QRコード

QRコード

携帯でも御覧になれます。

■ 地域情報



ジオターゲティング





■ にほんブログ村

■