ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
「影」とは、悪にあらず。

善と悪、両方を含んだものの内、「未だ未熟なもの」=「開発の余地・可能性があるもの」を言う。

故に、「影」は、「未だ出会わぬ自分の半面」、「自分に足りぬもの」、「今は生きていない生き方」などを教えてくれる。

無意識と自我をつないでくれる。



但し、善悪、両方を含んだものでも、それが未熟である場合、悪く働く場合が多い。(悪い結果を招く場合が多い)

故に、「影」=「悪」とされたりする。悪く働いた経験が、そう思い込ませる。



影とは、

・乗り越えるべき試練、
・受け容れるべき宿命、

・修正すべき問題、
・開発の余地、

・未だ出会わぬ、もうひとりの自分・半身、
・いつも傍にいる、もうひとりの自分・半身、

などを示す、ひとつのカタチ。



影自体は悪ではなく、善と悪を含む。

しかし、未熟な一面は厄災を呼びやすく、影に呑み込まれることで、危機を招くことも。

それを避けるためにも、影を自身のものと意識し、向かい合い、対話することが必要になる。

それをきっかけとし、育てる。



影もまた、全体性に関わる、重要な要素である。

(影の無い人間は半分が足りず、成長の余地も無い)



影の問題点のひとつは、それを他者に投影してしまうこと。

自身を鑑みず、他者の非難に使ってしまうこと。

(但し、投影により、自身の影に気づくことも、また多い)
(自身の影に気づき、対決・対話し、統合できれば、それもまた「糧」となる)

影の悪い部分さえ、自身の糧になる。

それは過程。

通過儀礼、

誰もが通る道…



【追記】

実のことをいうと、
影自体に、善悪の意識はありません。

その辺のところは、後に書こうと思います。





昔話の深層 ユング心理学とグリム童話 (講談社プラスアルファ文庫)
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影をなくした男 (岩波文庫)
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【関連記事】
「影 人生の諸段階/ユング心理学概説(6)」
「内向と外向/心の地図(感じやすさと生き難さ)」



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■『内向』

内向型の人の、自我を包む皮は薄いと仮定できます。

内向型

・内向型の人は、自我を包む皮が薄いので、それだけ外界からの影響に敏感です。だから、すぐに疲れたり、小さいことに一喜一憂しがちです。
(内なる反応が大きいんですね)
また、そうなることを経験的に知っていますから、外界からの影響を恐れ、臆病になり、外界から距離を置きたがるかもしれません。

敏感なので、いちいち多くを感じてしまう外にいるよりは、心地いい内に留まることを選びがちかもしれません。

内向型の人は、「鈍い人」と勘違いされることもありますが、
実は正反対で、上記の通り、「感じやすい人」「敏感な人」といったほうが適切であると思います。

内向型の人がそう見えるのは、外界の影響から自らを守るために、
「冷たい(冷淡な)態度」や「無表情」、
「よそよそしさ」、「付き合いの悪さ」という手段を用いているからであり、
そうやって、薄い殻の外側に、外壁を作ったり、鎧をまとったり、
そうすることで、敏感だったり、疲れやすい、自我を何とか守っているのです。

(ですから、「鈍感な人」呼ばわりされていることも、本人はよく知っていたりします)

内向型の人は、その敏感さゆえに、厚い壁や硬い鎧を用いているのです。

壁や鎧の中には、「中身」があるんですね。


・一方で、内向型の人の殻の薄さが、有効に働く場面もあります。
内界というのは、自分が生まれ出た領域であり、無意識であるが故に無自覚ですが、普段から慣れ親しんでいる領域です。

その慣れ親しんだ領域では、
内向型の人でも、家の中や親しい仲間たちの間では、案外活発であるように、
そんなに疲れることなく、自由に活動できます。

ですから、そこでは敏感さが有効に働き、
内界にあるものを――それは本来捉え難いものですが――感じることができたりします。

そういうものに気づくのが、比較的得意なんですね。
(得意であっても、開発しないと未分化なままなこともありますが…)


このような傾向があるので、、
内向型の人の意識や関心は、内界に向くことになるようです。



■『外向』

外向型の人の、自我を包む皮は厚いと仮定できます。

外向型

・故に、外界からの影響をもろに受けることなく、適度に受け取ることができます。厚い殻がクッションやフィルターになって、程よい感覚を受け取ることができます。
(内向型の人が敏感過ぎるのに対し、適度に鈍感であるともいえるでしょうか)

そのおかげで、外界と適切に付き合え、その影響を怖れることもなく、むしろ楽しみ、積極的に活動できます。
いちいち防衛する必要はなく、内向型の人のように、硬い殻で自らを守る必要もありません。

(外向型の人からすれば、内向型の人が何故いちいち身構えなければならないのか、分かりません)

・しかし、一方で、その皮の厚さから、内界から受け取る影響は、内向型の人に比べて弱くなり、そこから得られるものは少なくなるようです。
あるいは、そこに何かあるとは、考えないかもしれません。

だいたいが内省というものが不得意、あるいは、そもそも内省に価値を置いてなかったりします。

したがって、外向型の人の意識や関心は、自然と外界に向くことになるようです。



内向型の人が、外界の現象から多くの影響を受け過ぎるために、それをいっぺんには処理しきれず、緊張したり、固まってしまうことがあるのに対し、
外向型の人は、外界の現象から受ける影響が大き過ぎず、適度なため、比較的それを処理しやすく、リラックスして事にあたることができます。

しかし、その一方で、内向型の人はひとつの現象から多くのことを得ているわけで、それを処理する能力を身につけることができれば、それは強い武器となりそうです。
また、外向型の人の皮も厚すぎると、それは文字通り厚顔なものとなり、時に無神経になったり、あつかましいものとなることもあります。
(内向型の人からすれば、そう感じることも多々あるのではないでしょうか)



因みに、
内界(無意識)は、自己の一部であり、比較的、保護された世界だと仮定でき、
逆に、外界は、自分とは違う、比較的、刺激の多い(強い)世界だと仮定できます。

で、それぞれのタイプによって、好む世界が違ったりするんですね。



[サイト内タグ]:  内向  外向  タイプ  敏感  鈍感  自我



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南方 城太郎

Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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