ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
我々は知識があるおかげで、考えることができます。言葉や文字があるおかげで、知識や体験を共有できます。伝えることも、残すこともできる。



我々は知識があるおかげで、いろいろと考えることができるわけですが、知識があるおかげで、いろいろと見えなくなっている面もあるようです。

なまじっか知識があるだけに、そういうものと決め付けてしまう。当たり前だということが目を曇らせる。

そういう知識を取っ払ったら、いったい、どんな景色どんな世界が見えるのだろうか?

時々、そう思います。


意外と、「そのもの」とか「本質」が見えそうな気がします。そうすれば、人間の本質や魂と、対面できるかもしれません。

(意識や認識の埒外(らちがい)にある、「そのもの」と出会えるかもしれません)
(そういう知識を取っ払った状態に近いのが、「夢」でしょうか)



もっとも、「そのもの」を見ることはかないませんから(例えば、「人間そのもの」=「魂」とか)、それは皿の上に、モザイクがかったものを見るような感じかもしれません。

(意識的に)見えるとすれば、「そのもの」の象徴表現、象徴的イメージでしょうか?

(本当は見えているけど、意識的な目では認識できないだけかもしれません。見えたら見えたで厄介な気がしますが)
(それを見る資格ができたら、見えるのでしょうか? さてさて…)



「そのもの」や「本質」を説明したり、共有するには、やはり、知識や言葉が必要なわけで、ここが難しいところです。

「意識」と「無意識」(その領域にあるもの)、
「知識」と「そのもの・本質」、
「目に見えるもの」と「目に見えないもの」、
「言葉で語れるもの」と「言葉では語れぬもの」、

…その橋渡しをするものは何なのでしょう。

(そこに人間の意義が、可能性が、あるような気がします)



知識が取っ払われる、その瞬間…

その瞬間を、如何に大切にできるかが、鍵かもしれません…





人間には使えない蟹語辞典
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【山雀利根(やまがらりこん)】

山雀(ヤマガラ)は頭がよく、芸をおぼえることができるが、覚えたことをひとつだけ繰り返すことしかできないことから、自分が知っていることだけにこだわり、他を知ろうとしないことの例え。

(NEC「週刊ぱそらいふ」(8月30日 水曜日)より。*現在、このコーナーは終了しています)


『利根(りこん)』は、「生まれつき賢いこと」「口賢いこと」なそうな。





上記の解説の通り、「自分が知っていることだけにこだわり、他を知ろうとしない」と「それ以上」を望めないわけですが、逆に、何かを突き抜けようという時は、「こだわること」も大事になります。

何かに一点集中し、時には他のことを忘れ、見向きもせず、それでこそ、壁を打ち破れることもあるということです。

だいたいが、本当にひとつのことを覚える、というのは、実はたいへんなことなのだと思います。時間がかかる。



ただ、何かに集中するということは、他の何かを忘れるということでもあります。

ということは、何らかの犠牲が出るかもしれないということ。忘れられたり、放置されたり、手つかずの何かが出る。

何かに集中すると、どうしても見逃すものは出てきます。

集中するとは、ある意味では視野を絞って狭くすることであり、視野から外れるものは見えなくなる。


でも、そうやって集中しないことには、やり遂げられないことが、多々あるのも事実です。


「突き抜ける」

そういうのが求められる場合も人生にはあるでしょう。



何かにこだわらないと、物事は確立できない。しかし、物事にこだわり過ぎると、バランスを失うこともしばしば。

ひとつのモデルを挙げると、ある時、何かを見つけて(自分にビタッとフィットする何かに出会って)、それにこだわり、集中して確立し、後に、その反対やそれ以外にも出会い、更に補う。

――そういう流れもあるでしょうか。


実際のところは、両者の間を、ある程度、行ったり来たりするのかもしれません。

どっちにしろ、補わないとにっちもさっちもいかなくなるので、強制的にでも補うことになる。



しかし、悲しい例だと、何かにこだわり、やり遂げたはいいが、気がついた時には、別の大切なものを失っていた。

そういうこともあるかもしれません。



バランスの回復が必要な今の世の中ですが、その一方で、「突き抜ける」とか「やり通す」ということも忘れられているのかもしれません。

そこそこ以上、ある程度大きなものは、やっぱり、やり通さないとカタチにはならんですよね。

(失敗したり、迷いながらでも、ね)

ただ、一方向のみに進んできたような場合は、振り返ったり、キョロキョロするのも必要なんでしょう。

立ち止まって、考え直さないといけない。バランスの悪さによる歪みも、修正しないと手痛いことになる。


まあ、つまるところ、最終的には、どっちも必要ってことです(笑


(で、どっちも必要だから、ある時期には、どちらかに集中するのが必要になったりするという――そういう話です)





ことわざの知恵 (岩波新書 新赤版 (別冊7))
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【追記】

上記の「山雀」の例は、惰性で繰り返すとか、意味も分からず反復するとか、同じ文句を唱え続けるとか、そういった意味だと思います。

しかし、何かを求めて繰り返すとか、何かをカタチにするためにやり続けるとか、そうなってくると、また意味が違ってくるということですね。

(岩を砕こうと思ったら、同じところをコンコン、コンコン、打ち付けなきゃならん場合もあるということです)





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【愚公山を移す(ぐこうやまをうつす)】

昔、人々の交通の邪魔になっていた山をひとりの愚公(おろか者の意)が山の土をどけて平らにしようとした。人々はそれを馬鹿にしたが愚公は「山はこれ以上増えないが、人は子孫を増やすことができる。ずっと事業を続けていればいつか必ず作業は終わる」といった。

(NEC「週刊ぱそらいふ」(9月2日 土曜日)より。*現在このコーナーは終了しています)





>「山はこれ以上増えないが、人は子孫を増やすことができる。
>ずっと事業を続けていればいつか必ず作業は終わる」

うう、ちょっと感動…(涙



ある条件が当たり前になって、それ以上考えなくなるというのは、よくあることだと思います。

でも、その条件を取っ払ったら、出来ることがあったりするんですよね。

決め付け、限定、その埒外に、解決策があったりします。


上記の例だと、一世代にこだわれば、山を平らにすることなんて出来ないわけですが、長年邪魔になってきた山を――何世代にもわたって邪魔になってきた山を――世代を受け継ぎながら平らにすることを考えれば、それは可能なわけです。


○○だから、それは出来ない。

そういう限界を我々はよく作りますが、その○○を考えない場合、出来ることがあったりします。「!」が生まれたりする。

但し、その○○を捨てる覚悟が必要な場合もあるので、安易には行なえませんけどね。

ただ、自分が思っている限定条件・限界条件って、案外、こだわる必要がないものだったりすることもあります。

(まあ、そんなことは、後で分かるんですけどね)

(何が大事か? 本分は何か? ――そういうこともあるでしょうか)



まあ、時には愚か者になるのも、意味があるということです。

あるいは、愚か者が現れんことには(愚か者にならんことには)、打破できないこともあるということでしょう。


(但し、「未来を見据えた愚か者」と「考えなしの愚か者」、この差はあるかもしれません)
(見た目は同じ、「愚か者」だとしてもね)





ことわざ絵本
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【蛇足】

こう考えると、「考えなしの正論」が一番性質(たち)が悪いのかな?

ともかく、当たり前には注意、注意…





【関連記事】
「○○しなければならないという呪縛/エニアグラム」





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【愚公山を移す(ぐこうやまをうつす)】

昔、人々の交通の邪魔になっていた山をひとりの愚公(おろか者の意)が山の土をどけて平らにしようとした。人々はそれを馬鹿にしたが愚公は「山はこれ以上増えないが、人は子孫を増やすことができる。ずっと事業を続けていればいつか必ず作業は終わる」といった。

(NEC「週刊ぱそらいふ」(9月2日 土曜日)より)
(注:現在、「今日の言葉」のコーナーは終了しています)





「愚公山を移す」

この言葉を、今年の言葉にしたいと思います。


山にトンネルを通そうとすれば、穴を掘らねばなりません。(これ、当たり前)

その山が大きければ、その分、一生懸命、穴を掘らねばならんでしょう。

穴を掘らにゃあならんのに、畑を耕していても、そりゃ、トンネルは開通しません。(これ、当たり前)

ひとり、穴を掘っていたら、愚公だと笑われるかもしれませんが、穴を通したいんだから、仕方がない。


「愚公山を移す」

山を移すのだって、同じこと。愚公が平らにしようとしなければ、山はどうにもなりません。



やりたいなら、やるだろう、

やる必要がないなら、やらんだろう、

やらなきゃどうしようもないなら、やるしかないだろう。


選択権は、己にある。

やりたいと思う人間だけが、やるだけさ。


そして、

>ずっと事業を続けていればいつか必ず作業は終わる





正しい暮し方読本
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やればできるというわけではない。

ただ、やらんことにはできるわけがない…





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「あちら」にいるのに、いない気になって


「そこ」にはいないけれど、「あちら」にはいる




電話、ネット、メール

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1000ピース 耳をすませば 図書館にて 1000-239
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Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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